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第13回 関西安全保障セミナー「経済安全保障と米中関係」

 

1.基調講演
 2021年11月30日、平和・安全保障研究所は第13回関西安全保障セミナー「経済安全保障と米中関係」を大阪大学大学院国際公共政策研究科との共催、独立行政法人国際交流基金日米センターの助成、大阪防衛協会の協賛により、大阪大学吹田キャンパス阪急電鉄・三和銀行ホールにて開催した。


 本セミナーでは、まず村山裕三氏(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)が「経済安全保障と米中関係」と題した基調講演を行った。講演で村山氏は、経済安全保障が急速に注目を集めることになった背景には、米中覇権争いという国際環境の変化によるところが大きいとしながらも、経済的な相互依存に対する根本的な考え方の変化という文脈も存在していると指摘した。村山氏によると米国において経済安全保障の考え方が注目されるようになったのは1980年代の日米経済摩擦がきっかけだった。先端技術を日本という外国に依存した場合、有事の際に供給を受けられなくなることや将来の技術に対するリーダシップへの懸念が米国内に生じた。


 90年代に入りバブル崩壊によって日本が経済的に苦境に陥るとこうした日本に対する懸念は薄らいでいったが、2000年代以降、中国が台頭してくると中国をめぐる経済安全保障が米国で注目されるようになっていく。それでもオバマ政権下ではグローバル化が進展して相互依存が進化していけば、中国は国際ルールを守るようになるという見方が強かった。また村山氏は、現在の米中の経済安全保障をめぐる競争では、これらに加えデータの保護という問題も重要な争点となっているという。


 これに対して、トランプ政権以降は相互依存に対する根本的な認識の変化が生じた。トランプ政権以降の米国は中国との経済的依存関係を安全保障上好ましくないものとしてとらえるようになっている。トランプ政権からバイデン政権に移行すると前政権の感情的対応から建設的な対応へと変化した。ただし、経済安全保障を重視するという根本的転換は維持され、人権重視などより解決の難しい領域へも争点が拡大している。また同盟関係を重視し、サプライチェーンや新たな輸出管理枠組みの創出などの取り組みがみられる。


こうした経済安全保障分野における米中の競争の激化が日本に与える影響に対して、日本がとるべき対応に関して、村山氏は「戦略的不可欠性」の確保が重要であると指摘している。「戦略的不可欠性」とは、米中が決定的に重要とみなす分野での国際競争力の保持のことを指す。具体的には台湾にとってのTSMCのように圧力への対抗や交渉のカードを提供してくれる分野で国際競争力を持つことである。


 村山氏はさらに日本の経済安全保障上の課題として国内の課題と外交的な課題の2つを指摘した。日本国内では、「経済(産業界)」と「安全保障(政府)」とのバランスをとり「米中のはざま」を生き残ることが重要であり、外交では米中間で経済と安全保障をバランスさせ軍事的紛争を防ぐことが必要だと指摘した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.パネル報告
村山氏による基調講演の後、久保田ゆかり氏、今村卓氏、吉村祥子氏の3名のパネリストからの報告が行われた。

〇久保田 ゆかり 氏 (大阪大学講師)


 久保田氏は日本の防衛生産・技術基盤に焦点を当てた報告を行った。報告によると日本企業の防衛生産分野からの撤退が相次いでいるが、これは日本の防衛生産の多くが多角的経営の一部門として防衛生産に関わる「兼業メーカー」であることが大きいという。久保田氏は民生分野でのグローバル化に成功している企業にとっては、防衛部門は逆に負担になりつつある面も否定できないとした。


 こうした現状のなかで日本の防衛生産・技術基盤を維持・発展させていくためには、米国や友好国を日本に「依存させる」ことが重要になると主張した。具体的には、民生分野での優位性を持つ素材・電子部品、製造・加工技術の競争力を強化して、国際共同開発にサブシステム・レベルで存在感を発揮するのが現実的な選択肢になると指摘した。

〇今村 卓 氏 (丸紅経済研究所所長)


 久保田氏の報告に続いて、今村氏が米中関係の企業への影響について報告した。今村氏は米中対立が激化する直前の世界経済は、製品の生産工程が細分化され作業工程単位で国境を越えた国際分業が進み、複雑なグローバル・バリュー・チェーン(GVCs)を形成していたと指摘した。そして、その二大拠点として米中が大きな極として存在していたという。


こうした中で、米中関係は2010年代後半に急変、米国は中国への関与政策から戦略的競争に入った。今村氏によると米中対立の影響を受けて米中二極のGVCsまで形成された緊密な経済関係は大幅な修正が必要になり、深く関わる日本企業も対応を求められているという。


 また日本企業の海外進出戦略が転換していることも重要であり、日本企業は貿易から投資へ、製造業の現地生産から製造業・サービス業両輪での現地事業へと事業形態を変化させている。これは直接投資を積み上げて海外で稼ぐようになったグローバルな日本企業への転換を意味しているという。


 今村氏は、こうした中で米中対立が深刻化すると日本の中で安全保障のロジックと経済のロジックの食い違いが拡大する恐れも存在すると指摘した。米中対立が強まっても中国はなお日本企業には有望市場であり、産業界は日本も米国も中国も参加するアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を長期目標に掲げ、現在のインド太平洋地域を理解しているという。環太平洋経済連携協定(CPTPP)も地域的包括的経済連携(RCEP)もFTAAPへの道筋と考えるべきである。そのうえで、今村氏は、国を問わず、企業と市場参加者は、実利が期待できない地域経済連携の枠組みには投資せず、枠組みは機能不全に終わることを十分理解すべきと主張した。但し、安全保障が経済に優先することは自明であるとも述べた。

〇吉村 祥子 氏 (関西学院大学国際学部教授)


 吉村氏は国際法の観点から経済安全保障及び現在の米中対立について報告した。吉村氏によれば、米国は独立直後から公共目的のために貿易を制限する措置を講じるなど、特定の政策を達成するために経済活動を制限する措置を長期間に亘り行なっている。また、マグニツキー法やグローバル・マグニツキー法のように、米国の特定の外交政策を推進するために制裁を行うための国内法が制定されることもあるという。吉村氏は、こうした米国による経済制裁措置について、経済制裁に関する長年の経験の蓄積や世界経済における米国の立ち位置などから、米国の経済制裁の強みが生み出されていると指摘した。


 一方、中国に関して吉村氏は、中国はこれまで米国のような経済制裁に関する国内法を有してはいなかったが、2010年代後半より欧米による対中制裁を意識した国内法令の策定が模索されるようになったと指摘した。2020年には「信頼できない実体リスト(Entity List)」の作成と独立した国内法である輸出管理法が採択され、2021年には反外国制裁法が採択された。


 吉村氏によると、これらの米中の経済制裁措置を国際法の観点から鑑みると、広すぎる管轄権や「主権」の適用範囲などの問題点を指摘することができるという。また、中国の「軍民融合政策」は、武力紛争時に適用される国際人道法の適用範囲をあいまいにしており、どのように平時と武力紛争時の区別を行うべきかという問いを投げかけているとも指摘した。


 最後に吉村氏は日本の法制度の問題点として、日本の経済制裁に関する主な国内法は、外国為替及び外国貿易法(外為法)であるが、外為法の成り立ちから、今日の経済制裁には対応できない部分も多いのが実情であると指摘した。今日では、経済制裁として講じられる措置の多様化に伴い、対応する法令や省庁も多岐に渡るが、特に省庁間の連携を強めて実効的な施策を講じることが最優先の課題であると述べた。また、吉村氏は、日本は世界の中で経済的にも主要な役割を占めているにも関わらず、対北朝鮮制裁を除き、独自の経済制裁に関連する政策を策定し実行しているとは言い難く、「日本版マグニツキー法」制定の議論も含め、欧米各国の政策を後追いしているというのが実情であると主張した。

 村山氏による基調講演、3名の先生方によるパネル報告の後、フロアからの質問も交えたパネルディスカッションが行われた。フロアからの質問も多く寄せられ活発な議論が展開された。新型コロナウイルスの影響もあり、今回の関西安全保障セミナーは規模を縮小して実施したものの約40名の参加をいただきました。