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論評・出版 COMMENTARIES

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新政権下でいつまで続く米国とイランのチキン・ゲーム?

 

秋山信将

一橋大学大学院 法学研究科 / 国際・公共政策大学院 教授

 

 

 

 米国でバイデン新政権が誕生し、米イラン関係は新たな段階に入ることになった。トランプ政権は、イランに対して非常に強硬な姿勢を取った。イランとEU3+3の間で合意された包括的共同行動計画(JCPOA)から脱退し制裁を強化していった。イランとの取引のある企業はその国籍を問わず米国市場で活動する場合には制裁の対象となり、ドルによる決済が事実上不可能となったことで、イランでは様々な物資の供給が滞り、高インフレに悩まされ、また経済成長の頼みの綱であるエネルギー・セクターへの投資を獲得することも不可能となった。(このほか、革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官の殺害などもある。)

 これに対しイランは、低濃縮ウランの貯蔵量を増やすなどJCPOAから逸脱する対抗措置を取ってきたが、比較的抑制的だった。しかし、202012月、イランの国会は、米国のJCPOAへの回帰と制裁緩和を要求する目的で、JCPOAからの逸脱をエスカレーションさせる措置を法制化した。1月に入るとイランは、20%濃縮の実施やウラン金属製造の研究の開始など、同法に規定された措置の実施をIAEAに通告した。そして次の段階の期限は221日で、金融やエネルギー・セクターに対する制裁を緩和しなければ、IAEAの追加議定書の暫定適用を撤回し、IAEA査察官を退去させるとしている。

 ウランの濃縮度を20%にまで高める措置は、それまで許容されていた3.67%の濃縮度から、核兵器の製造に適するとされる90%の濃縮までの過程を半分以上短縮するものである。また、追加議定書の暫定適用の撤回は、IAEAによる査察を通じた検証に大きな支障をきたす可能性がある。

 しかし、このような米国を追い込むエスカレーションは、国際社会におけるイランの一層の孤立化をもたらしかねない諸刃の剣でもある。もし米国が期限までに制裁緩和に応じず、法律の規定通りに追加議定書の暫定適用を撤回しIAEAの査察官を追い出すことになれば、米国のみならず欧州との関係も悪化させ、さらに中東においても、イランの核武装への警戒をトリガーとして、反イランを共通の利益とするイスラエルとアラブ諸国の連携が強化される方向に向かうだろう。

 一方、バイデン新政権も難しい選択を迫られる。新政権は、JCPOAへの回帰の意向は示しているものの、ミサイル問題のほか、ヒズボラやフーシーへの支援を通じた紛争への関与など、JCPOAの合意を優先するがゆえにあえて切り離された問題について、議題に乗せざるを得ないと考えている。ブリンケン国務長官は、議会の指名公聴会において、JCPOAへ回帰に関してはイスラエルや湾岸諸国と協議するとし、また「長期的かつ強力な」合意、すなわち、ミサイルや紛争への関与を含む地域安全保障の問題も含む合意を追求することを示唆している。

 当然ながらJCPOAの前提を変える動きに対してはイランが強い抵抗を示すであろう。もしイランとの合意が6月までに成立しなければ、イラン国内ではすでに大統領選でも優勢が伝えられている保守派が勢いづくことになるであろうし、中東におけるイランと湾岸諸国、イスラエルの対立は深刻化する。こうした対立の構図を米国の関与を維持し、イランへの牽制という面で望ましいと考える勢力もあるが、地政学的には、イランをロシアや中国へいっそう接近させる効果も想定しておく必要があろう。

 米国は、トランプ政権時代に関係が悪化した欧州諸国との協調体制を再構築し、日本やインドなどイランとの関係が比較的良好な有志国との緊密な協議、そして中東各国への再保証など、米国の主張である「JCPOAプラス地域問題」という枠組みの対話を進めるための環境整備を同時に進めるべきだ。このことは、イランにこのフォーミュラの受け入れを促すことや地政学的な真空を中国やロシアが埋めていくことによる米国のパワーの衰退を抑えることにも資するであろう。いずれにしても、米国とイランの関係は、いずれもが自らが先に妥協したと見られたくないけれども何らかの着地点を模索せざるを得ない、チキン・ゲームの様相を呈することになるのではないだろうか。

 

秋山信将

あきやま・のぶまさ 一橋大学大学院 法学研究科 / 国際・公共政策大学院 教授。広島平和研究所講師、日本国際問題研究所主任研究員、在ウィーン国際機関日本政府代表部公使参事官などを歴任。RIPS奨学プログラ9期生。専門は、核不拡散・核軍縮