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中国の「一帯一路」は「債務の罠」か─ケニア標準軌鉄道の事例から考える

 

 

 

落合雄彦

(龍谷大学法学部教授)

 

 中国の巨大経済圏構想「一帯一路」は、途上国にとって「債務の罠」なのか。

 アフリカ諸国のなかでいま、そうした中国の「債務の罠」にかかりつつあると危惧されているのがケニアだ。ケニアには、インド洋に面したモンバサ港という良港がある。この港が重要なのは、それがケニアだけではなく、ウガンダやルワンダといった東アフリカ内陸諸国の物流網のゲートウェイになっているためだ。

 モンバサ港から首都ナイロビを経由してウガンダの首都カンパラにいたる主要ルートとその周辺幹線は、「北部回廊」と総称されてきた。その大動脈であるモンバサ=カンパラ間には、もともと英国が植民地時代に建設した、ゲージ(レール間隔)が1mの狭軌鉄道が走っていた。しかし、1970年代以降、メンテナンス不足などのために利用量が激減してしまう。そこで東アフリカ諸国は、1985年に北部回廊運輸交通調整機関を設立し、道路、鉄道、内陸水運などの複合モードから成る物流網の整備について協議を重ねてきた。その旗艦事業ともいえるのが、老朽化した従来の狭軌鉄道に代わって、1.435mのゲージを備えた標準軌鉄道(Standard Gauge Railway: SGR)を新設するという一大プロジェクトであった。

 2013年にケニア大統領に就任したウフル・ケニヤッタは、SGR建設への支援を中国に要請した。そして、20175月、第1SGR(モンバサ=ナイロビ間の約472㎞)が竣工する。総工費38億ドルのうち約9割(約323300万ドル)は中国輸出入銀行からの融資で賄った(残りはケニア側が負担)。工事は、中国国営の中国路橋工程が受注した。その後、第2ASGR(ナイロビ=ナイバシャ間の約120㎞)も201910月に完成している。

 しかし、歯車はすぐに狂い始める。旅客数はそれなりに順調に伸びたが、収益の柱である貨物取扱量が低迷し、SGRは開業以来赤字が続くようになる。そうしたなか、ケニアにとって最大の頭痛の種となったのが、2019年から本格的に始まった中国輸銀への返済である。そもそも中国輸銀の融資条件は厳しいものだった。たとえば、日本がモンバサ経済特区開発のために現在行っているケニア向け円借款は、金利が年0.1%、据置期間12年、償還期間40年だ。それに対して、ケニアが第1SGR建設のために中国輸銀から借りた一部の商業融資は、金利がロンドン銀行間取引金利に3.6%を上乗せした利率、据置期間5年、償還期間15年である。ケニアは、こうした厳しい条件の対中債務を返済するために、これまで鉄道開発税を導入したり、内陸国向けのトランジット貨物の輸送に対してはSGR利用を義務づけようとしたりしてきた。それでも、中国輸銀への返済の目途はまだ立っていない。

 しかし、ケニアのSGRを中国の「債務の罠」の事例とみなすことには慎重でありたい。というのも、SGRはケニアにとっての悲願であり、同国はその建設のために他の援助国・金融機関からの好条件の融資をえられないなかで、条件が厳しい中国の支援をあえてリスク覚悟で受け入れたからだ。

 これまで日本は、運輸インフラ整備だけに偏向するのではなく、それに周辺の産業・社会開発戦略を組み合わせた「回廊開発アプローチ」をジャパンブランドとして途上国で推進してきた。東アフリカの北部回廊マスタープランづくりにも積極的に関与した実績をもつ。アフリカにおいて日本は、「量」(資金力)ではもはや中国にはかなわない。しかし、「質」(開発戦略)を重視した回廊開発アプローチを推進することで、苦境に立つケニアを支えることはできる。ケニアにとっていま必要なのは、中国の「債務の罠」にまんまとかかったとして同国を嘲弄し、「高みの見物」を決め込むが如き輩ではない。日本は、SGRを成長の礎としたいと願うケニアの立場を理解し、それを失望に終わらせないような建設的な支援の手を差し伸べるべきだ。

 

落合雄彦

おちあい・たけひこ 慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院後期博士課程単位取得満期退学。現在、龍谷大学法学部教授。主な編著書に『アフリカ安全保障論入門』『アフリカ・ドラッグ考』、『アフリカの紛争解決と平和構築』など。当研究所安全保障奨学プログラム第9期生。