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論評・出版 COMMENTARIES

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「経済安全保障の大転換期:問われる日本の技術政策」

 

 

 

村山裕三
(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

 

 経済安全保障という視点から国際関係を眺めてみると、戦後最大の転換期を迎えつつある。筆者は過去30年間にわたり、技術を通じた経済と安全保障の関係を調査・研究してきたが、米中技術競争の展開を見ていると、この感を強く持つ。

 そもそも米国において、技術を通じて安全保障と経済問題がリンクし始めたのは、1980年代後半の日米技術摩擦の時期であった。急速にエレクトロニクスなどの分野で競争力をつけてきた日本に対して、日本製半導体に米国の軍事技術が依存することは、米国の安全保障上許容できないとして、日米技術摩擦が生じた。しかし、同じ外国技術への「依存問題」であっても、現在問題となっている中国製5G通信機器への依存では、次元の違う展開になっている。

 米国は、中国製の5G通信機器に依存すると、中国政府の要請や圧力により機微情報が窃取される可能性や緊急時に中国が意図的に通信網を遮断するリスクなどがあることを指摘している。このような安全保障上のリスクを避けるために、中国製5G機器の排除に乗り出しているが、その政策には執拗とも思えるほどの徹底さがある。通信機器メーカーのファーウェイとZTEの政府調達を禁止し、輸出管理懸念リストにファーウェイを掲載するにとどまらず、FCC(米連邦通信委員会)や商務省が、矢継ぎ早に中国製通信機器の排除案を打ち出している。さらには、同盟国にまでも、中国製の使用を控えるように圧力をかけ、米国総動員で中国製通信機器の排除に乗り出してきた。

 このような米国の執拗さの裏には、5Gに代表される第4次産業革命の原動力、AI、量子技術、ロボティクスなどの民生分野の技術競争に負けると、これが米国の安全保障上の地位を危うくするという危機感がある。というのは、これらの重要技術の軍民両用性がきわめて高いからである。このため、米国は軍民両用技術の育成と流出防止を組み合わせた技術戦略を実施に移した。一方、中国も2010年代後半には、米国の政策をコピーしつつ「軍民融合発展戦略」を国家戦略として打ち出しており、米中両国が、軍と民という境を外して熾烈な技術覇権競争を始めたのである。

 このような技術環境の変化は、日本にとっても無縁ではない。米中間の技術覇権競争が長期化すると、グローバル化した経済システムの中では、日本のように、米国と中国という大国にはさまれ、この両国と経済と安全保障の両面において密接な関係な持つ国には、特に大きな影響が及ぶ。このような環境下で日本がその存在感を示しつつ生き延びて行くためには、この技術環境の変化に対応した技術戦略を策定することが急務となる。

 2019年に入り日本政府も動き始めた。経済産業省は、20196月に大臣官房に経済安全保障室を設置し、同年10月に発表した安全保障貿易管理に関する中間報告書の中では、「安全保障と一体となった経済政策」というコンセプトを打ち出した。また、国家安全保障局は、経済安全保障を担う部署を新設し、20204月には正式発足する予定である。

 このような動きにより、組織面からは経済安全保障をベースにした技術政策を実施できる体制が整いつつある。今後の課題は、どのような具体的政策を実施するかということになる。ここでは、輸出管理の見直しを含む包括的な技術流出防止策、米中に対する切り札となるような重要技術の育成策、国際関係の動きを踏まえた防衛分野の技術移転と国際共同研究開発の方策などがカバーされなくてならない。いずれにしても、従来の技術政策とは一線を画した、経済と安全保障を統合した技術政策作りがなされることが強く望まれる。

 

村山裕三

むらやま ゆうぞう 同志社大学大学院ビジネス研究科教授。専門は、経済安全保障、文化ビジネス。著書に、『経済安全保障を考える』(NHK出版、2003年)、『アメリカの経済安全保障戦略』(PHP研究所、1996年)などがある。