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論評・出版 COMMENTARIES

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「国際構造の変動に向けたブレーンストーミングを」

益尾知佐子
九州大学大学院比較社会文化研究院准教授

 

 国際構造の流動性が高まっている。米国一超の「冷戦後」の国際構造は、中国の台頭で激しくきしみ、人類社会の歴史は次の国際構造に向けた流動的なプロセスに突入している。これまで当たり前だと思っていた国どうしのつながりが緩み、国際政治の各主体はマントルの流れに乗ってゆっくり新たな方向に動き出している。

 最近あちこちで発生している一見、不可解な出来事は、そのように考えるとうまく説明できるのではないか。日韓関係のここまでの悪化は、二国間関係では説明が難しい。GSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄して文在寅政権が払うことになる対外的コストは、政権の国内的利益を大きく上回る。米韓同盟の弱体化を招く決定を下した韓国政府は、おそらく自分たちも意図しない間に、米国とは反対の磁場に向けて移動中なのだ。

 同一の地殻変動が、地球のあちこちで同時並行的に、個別の震動を引き起こしている。カシミール問題が突如、国連を巻き込む緊張状態に陥ったのも、トランプ大統領がグリーンランドを購入したいと言い出したのも、中国の国力の拡張が各地の人々の判断を変化させたことと関係している。

 ただし、この変動期を生きる私たちが考えるべきは、いかに中国の陣営に対抗するか、では必ずしもない。歴史的に見れば、たとえ日韓関係が対立していても、日中関係は経済・文化面を中心に交流を続けていた場合が多い。中国は強大化しても、日本に従属を強いるほどになったことはなく、日中関係には長期的には政治より経済や文化の作用が強く働く。われわれが関心を寄せるのは、中国がどのような大国になるかという点であり、中国の大国化そのものに反対するわけではない。中国はメンツを重視する傾向がきわめて強く、その行動はある程度、予測や制御が可能だ。むしろ中国の傾向性を前提に、どうすれば中国とより健全な関係を築けるかを考えた方がよい。

 加えて米国も、かつてほど自由と民主主義を体現する努力を払わなくなっている。中国の経済慣行に批判すべきところはあるが、米国が本当に経済ルールを重視する国であれば、あのような貿易戦争は発動できない。地上発射型巡航ミサイルの発射実験も、国際社会がリスペクトできる行動ではまったくない。トランプの異質性を強調する人は多いが、そのトランプを選んだのは米国の有権者たちだ。米国の動向も決して楽観視できない。

 結局のところ、私たちは何を守り、育んでいきたいのか。そしてそれは、どうすれば実現していけるのか。新たな変動期を迎えるにあたり、われわれははいま一度、そうした基本的な点を再確認すべきではないか。大切なのは、個人の権利が尊重される自由民主的な社会なのか、それとも緊密な日米関係なのか。社会福祉や経済がある程度充実していれば、個人の権利は多少、犠牲にできるのか。現在、各国で台頭している保守主義や一国中心主義は、どの程度容認できるのか。中国版5Gや『中国製造2025』 に懸念があるとしたら、具体的にどの点が問題で、何が是正されれば容認可能なのか。これらはいずれも、各地域に関する多分野の研究者が集まり、組織的に検討していくべき課題である。

 次の時代には、米中両国が新しい国際構造の主柱になる可能性が高い。しかし、その2本の間にどのような梁や支柱を渡し、どんな骨組みを組むか、そのあとどのような内装を施してどんな国際秩序を創っていくのかは、実際にはまだほとんど決まっていない。日本は覇権競争に関与しない、世界第3の経済大国だ。それは、この流動期の先の方向性を左右できるキーポジションである。米中両国はそれぞれに有利なように、新たな国際秩序の創出を目指している。だが、それに対してより建設的で現実的で、多くの人々にとって受け入れやすい対案を示し、国際社会をその方向に導いていくことこそが、われわれに求められた役割ではないだろうか。

益尾知佐子

ますお・ちさこ 専門は東アジア国際関係、および現代中国の政治・外交。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2019年9月〜12月、中国外交学院で在外研究中。主要業績に、『中国政治外交の転換点――改革開放と「独立自主の対外政策」』(東京大学出版会、2010年)、『中国の行動原理』(中公新書、2019年11月刊行予定)、監訳書にエズラ・F・ヴォーゲル『日中関係史――1500年の交流から読むアジアの未来』(日本経済新聞出版社、2019年11月刊行予定)。