MENU
閉じる

論評・出版 COMMENTARIES

ホーム > 論評-RIPS' Eye > 「新たな中ロ軍事協力に備えを」岡田美保(日本国際問題研究所研究員)

「新たな中ロ軍事協力に備えを」岡田美保(日本国際問題研究所研究員)

「新たな中ロ軍事協力に備えを」

岡田美保

 

 2019723日、ロシアと中国の複数の軍用機が島根県の竹島(韓国名・独島)周辺の上空に相次ぎ侵入した。韓国軍は、ロシア機が「領空」を侵犯したとして360発の警告射撃をし、ロシア政府に再発防止を求めた。日本は領空侵犯したロシアと、日本の領空内で警告射撃をした韓国にそれぞれ抗議した。韓国国防省によると、竹島上空を「侵犯」したのはロシア軍のA-50空中警戒管制機で、緊急発進した韓国空軍のF-16戦闘機などが無線で警告をしたが反応がなく、警告射撃を行った。これとは別に、ロシアのTu-95爆撃機2機と中国のH-6爆撃機2機も韓国の防空識別圏内を1時間半近く飛行し、編隊を組むような行動を取った。本件は複数の論点を孕んでいるが、ここでは、中国とロシアの軍事協力について論じたい。

 中国機とロシア機が同じ時間帯に韓国の防空識別圏内を飛行したことは決して偶然ではない。ロシア政府は718日、「国防省と外務省の一致した提案」を受け、「国際合意に関する法律」に則って、中国との軍事協力に関する合意に向けた交渉を開始する旨の政府指示を出している。この文書は、交渉がいつ、どこで行われ、いかなる協力項目が交渉対象となるのかについて言及していないものの、合意の内容については、従来の協力分野に加え、「安全保障問題における相互行動の組織」「ロシア極東の防空システムの中国による利用」「これまでより複雑な合同軍事演習や巡回飛行の実施」を含む可能性が報道されている。

 中ロの新たな軍事協力の目的の一つは、8月2日に中距離核戦力(INF)条約が終了する事態に備えることにある。条約の終了によって、米国は地上発射型中距離ミサイルの生産・配備に関するフリーハンドを得るが、中国への対応を念頭に置く場合、北東アジアの同盟諸国への配備が想定されることになる。従来から、米国およびその同盟諸国が弾道ミサイル防衛(BMD)システムの配備を進めてきたことを踏まえれば、条約の終了は、BMDによって防御された地上発射型中距離ミサイルの配備が法的に可能になることを意味しており、中ロ両国にとっては深刻な安全保障上の懸念となる。同盟国側の観点から言えば、国内世論などもあり、配備にまで至る可能性は現実には当面低いのだが、中ロ両国は、そのような事態を見据えて、軍事協力に向けて動き出しているのである。

 中ロの協力関係については、しばしば、両国の歴史的な相互不信をふまえ、その便宜的性格や不安定性が強調されがちである。だが、米ロ対立、米中対立が継続する限り、中ロは、基本的利害を共有できる数少ない大国であることも否定できない。新たな合意によって相互不信が緩和される度合いは限定的であるにせよ、今回の爆撃機の飛行は、中ロの軍事面での協力が、今後も当面は深化していく余地があることを示したといえる。

 中国を加えた核軍備管理の必要性はもとより指摘されてきたが、核戦力において、米国との対称性を追求してこなかった中国を、冷戦の二極構造を前提とした、量的均衡による数的制限の枠組みに加えることはそう簡単ではない。中国を巻き込む形での新たな枠組みに関しては、513日にソチで行われた中ロ外相会談の場で議論され、王毅外交部長は中国の参加を改めて否定する一方、ラブロフ外相は、米国が中国と直接対話して協議すべきだとの立場を示した。ロシアとしては、中国の立場を尊重し、軍備管理の問題でロシアが国際社会の対中圧力に加担する可能性を明確に否定したのである。

 INF条約後の戦略的競争に備え、中ロ両国が、これまで同様、ないしこれまで以上に各々の戦力整備に注力し、また、従来は想定されなかったような共同軍事行動を見せることによって、日本の脆弱性は高まると予想される。日本としては、多国間での中距離核戦力制限交渉について提案・主張するこれまでの外交努力を続けるとともに、非対称性を前提とした、現実的な軍備管理・軍縮のあり方を模索していくことが求められる。そして同時に、日米同盟及び日本自身の防衛努力を通じ、抑止力と軍備管理との適切なバランスを図っていくことが一層重要となるであろう。

岡田美保

おかだ みほ 上智大学外国語学部ロシア語学科、防衛大学校総合安全保障研究科等を経て2009年4月より日本国際問題研究所研究員。専門は、ロシアの外交・安全保障、軍備管理。近著として「揺らぐ核軍備管理体制」『軍縮・不拡散の諸相』信山社、2019年3月。平和・安全保障研究所 安全保障研究奨学プログラム第13期(2006年-2008年)。