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「米朝交渉は『非核化』と『制裁解除』の定義を優先すべき」鈴木一人(北海道大学公共政策大学院教授)

「米朝交渉は『非核化』と『制裁解除』の定義を優先すべき」

鈴木一人

 2月27-28日に行われた第二回の米朝首脳会談は合意が得られないという結論となった。その原因として、北朝鮮は寧辺核施設の破棄と引き換えに安保理制裁のうち「「国民生活に影響がおよぶ一部の制裁」の解除を求めたのに対し、アメリカは全面的な核放棄と引き換えに全面的な制裁解除という「ビッグディール」を想定しており、その両者の思惑がかみ合わなかったことがある。
 合意がないまま終了した米朝首脳会談ではあったが、米朝の関係が決裂したわけではない。会談後にアメリカは米韓合同軍事演習の廃止や縮小を発表し、米国からの演習の出費を抑えるとともに、北朝鮮との良好な関係を維持するという意図を示しており、また、トランプ大統領も繰り返し北朝鮮との関係は良好であると発言している。
 この状況を見る限り、北朝鮮にさらなる圧力をかけて非核化への道を進ませようという状況にはないことがわかる。米朝関係を良好に保つことで、第三回の首脳会談の可能性を残し、今後は実務者協議を進めて北朝鮮の非核化を進めていこうとする意図があるようにも見える。
 果たして、北朝鮮は第三回の首脳会談に応じ、完全で検証可能で不可逆的な非核化(CVID)を約束することはできるのだろうか。少なくとも、第二回の首脳会談から言えることは、(1)北朝鮮への制裁は瀬取などの手段で抜け穴があるとはいえ、かなり効果を見せており、制裁解除がなければ経済発展はない、(2)北朝鮮が求めているのは制裁の全面緩和ではなく、2016年以降の安保理制裁の「経済封鎖措置」によって北朝鮮経済に直接打撃を与えている石炭禁輸や石油精製品の禁輸である、(3)しかし、トランプ大統領はこうした制裁を緩和する意図はもっていない、ということであろう。
 つまり、安保理による経済封鎖措置を解除するためには北朝鮮は寧辺核施設の破棄以上の譲歩をしなければならない。しかし、米国からの攻撃に対抗する最大の抑止手段としての核戦力を放棄することはあまりにもリスクが大きい。寧辺の核施設以外の核施設、とりわけ一般に知られていない施設を破棄することは北朝鮮にとって国家防衛の基軸を失うことにも感じられるだろう。そうなると北朝鮮に残された選択肢は交渉せずに制裁逃れの手段を開発し、経済発展につなげられるようなルートを開発するか、経済発展のペースを緩め、核戦力の増強により、交渉のカードを増やしていくということになるだろう。
 どちらの選択肢も緊張を高め、望ましい結果をもたらさないだけでなく、北朝鮮への投資に熱心な姿勢を見せる韓国のリソースも活用できない。米朝の合意ができれば韓国は開城工業団地や金剛山観光事業の再開など、北朝鮮に外貨をもたらす事業に積極的に関わり、北朝鮮の経済発展に貢献するであろう。それを可能にするためにも、北朝鮮は何とかして制裁緩和を勝ち取る必要がある。
 つまり、現状で追い詰められているのは北朝鮮であり、トランプ大統領は全面核放棄をするなら制裁解除を受け入れる、という立場にある。ただ、アメリカが北朝鮮に科している制裁は国連安保理制裁だけでなく、米国の独自制裁もある。米国制裁の根拠として北朝鮮の人権侵害やマネーロンダリングなどの行為も含まれるため、非核化だけでは「全面制裁解除」とはならないだろう。北朝鮮から見れば、全面核廃棄には米国独自制裁も含めた全面制裁解除が相応であり、トランプ大統領から見れば、全面核廃棄には安保理制裁解除が相応という構図でもある。まずはこのズレを修正し、互いに「全面核廃棄」「全面制裁解除」が意味するところを整理できなければ、第三回の米朝交渉は実現しないだろう。

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。1970年生まれ。2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)などがある。