第2期生(通算第16期)「活動報告」
2012年度 陸上自衛隊「総合火力演習」 見学研修
2012年度「沖縄研修」レポート
2013年度「ワシントンD.C.研修」レポート
最終論文発表会(2014年7月20日)
日米若手研究者会合(2014年7月26日)
(肩書はレポート執筆当時のものです)
2012年度 陸上自衛隊「総合火力演習」 見学研修
古賀 慶(ハーバード大学 ベルファーセンター 研究員)
8月25日午前10時、壮大な富士山を背景とする東富士演習場の天気は快晴。日差しが強く、気温も30度以上まで上がる中、陸上自衛隊による富士総合火力演習(総火演)が開始された。日米パートナーシップ・プログラム2期(通算第16期)生は、本年度の演習をそのような絶好の天候の中、見学することができた。
今回の総火演は、従来どおり「前段演習」「後段演習」の2部構成を、2時間にわたり開催するものであった。「前段演習」では陸上自衛隊が持つ個々の装備と実射を行い、「後段演習」ではそれらを統合し、模擬戦闘の演習を行う。私は2008年に一度、総火演を見たことがあるが、その間に新たな防衛大綱を受けたこともあり、今回の演習は以前と比べ規模・種類ともに異なるものであった。例えば、10式戦車、無人偵察ヘリ等や、中距離多目的誘導弾、92式地雷原処理車からのロケットを使った地雷処理演習等の射撃演習などは当時は行っておらず、非常に興味深いものとなっていた。
その中でも特に興味深かったものは、ひとつは陸上自衛隊(陸自)の隊員の解説であり、もうひとつは離島奪還作戦演習である。総火演では、個々の装備の圧倒的な音や衝撃から、火力についての印象が残りやすいが、弾頭の大きさやその重量は、機動力と兵站のコストにもなり、そのバランスを考えなければ効率性を失うということである。実践において機動力、兵站は死活的な問題であるため、その点における陸自隊員の解説は自衛隊装備を考える上で、非常に有益であった。
後者は、防衛大綱が強調する離島作戦の一部として行われた、離島奪還作戦を含める演習である。まず海上自衛隊の対戦哨戒機P3-Cや無人偵察ヘリによる偵察行動を行い、その上で航空自衛隊のF-2戦闘機が敵艦隊を爆撃、陸自の88式地対艦誘導弾で攻撃する作戦(実射はない)というものである。この演習自体は比較的短時間で終了したものの、防衛大綱が自衛隊演習へ影響を与えていることを垣間見ることができた。
今回の演習を見学して考えさせられたこと、あるいは再び想起させられたことは、防衛政策が、自衛隊の役割や作戦系統を定義づけ、防衛装備等に反映されていくということである。これは当然といえば当然の話ではあるが、その影響は、今日の日本においては極めて重要に感じられる。現在、日本の防衛費は2002年以来、緩やかな減少傾向にあり、防衛力を「積み重ねる」というよりも「スクラップ・アンド・ビルド」が必要とされ、効率性の向上が求められている。その結果、政策決定においては、防衛上の優先順位を慎重につけ、それに伴う作戦や装備品を考慮していかなければならない。国際安保環境、東アジア地域の安保環境の急速な変化を背景に、限られた資源の中で優先順位を決めていく防衛政策は、この点で以前に比べて重みを増してきているといえるだろう。今回の演習を通じて、装備・作戦といったミクロの面と、防衛政策というマクロの面のそれぞれの重要性と、そのつながりを再度想起することができたのは、非常に有意義であったと思う。
最後になるが、このような貴重な機会を与えていただき、平和安全保障研究所、国際交流基金日米センター、そして今回の研修を企画実行していただいた研究所の皆様、さらには現地で解説をしていただいた陸自の方には深謝したい。日米パートナーシップ・プログラムはまだ始まったばかりだが、このような貴重な体験から少しでも多くのものを学びつつ、自身の研究に役立てるとともに、他の奨学生と切磋琢磨し、よい研究に結び付けていきたいと考えている。
2012年度「沖縄研修」レポート
阿部 亮子(同志社大学大学院 法学研究科 博士後期課程)
東アジアの多くの国で2012年に指導者が交代し、20年には、各国が新たな指導者の下でアジア太平洋地域の安全保障問題に取り組むこととなった。2013年4月5日、日米両政府は、期限は設定しなかったが、嘉手納より南の米軍6施設・区域の返還計画について合意し、民主党政権で停滞した基地問題が再び動き始めた。日本の安全保障の課題の一つに、日本の防衛と東アジアの安定のために在沖米軍基地という抑止力を維持する必要性と沖縄への負担の軽減をどのように両立させていくかという問題がある。我々第二期日米パートナーシッププログラム奨学生は、2013年2月28日から3月2日にかけて2泊3日の沖縄研修で、海兵隊普天間基地、沖縄防衛局、沖縄県議会、辺野古のキャンプ村、名護前市長を訪問し、現地の意見を聞くことでこの問題について考察する機会を得た。
沖縄の基地問題を考える際の疑問点
今回の沖縄研修を通して私は常にある疑問を抱いていた。それは、日本の防衛と東アジアの平和と安全にとって米海兵隊、空軍、陸軍が「沖縄」に基地を維持する意義である。日本と東アジアの平和と安全にとって、米軍基地を日本の本土ではなく「沖縄」に維持する政治的そして軍事的な必要性があるのかという点を明らかにしないままに、沖縄の米軍基地には抑止効果があるので沖縄の負担を軽減しながら在沖米軍基地を維持することが重要であると議論することは説得力を持たないのではないか。また、中国の海洋進出が進む近年において、アメリカ海兵隊にとって、沖縄に基地を維持する意義はどのように変化したのだろうかという疑問を持った。在沖米軍基地の維持と沖縄の負担の軽減という問題は、日本の国内政治、沖縄内での意見の対立、日本の安全保障、米国の国防政策等が複雑に絡み合った問題であるが、ここでは、日本の安全保障と在沖米軍基地の意義に焦点を当てて、在沖米軍基地の多くを占める米海兵隊の基地の意義について政治、軍事の両観点から考えてみたい。
在沖アメリカ海兵隊基地の政治的意義
我々は、沖縄研修の初日に、安全保障の専門家による沖縄と東アジアの安全保障に関する講演を聴講した。防衛大学校の村井教授からは、中国はアジア太平洋地域において軍事力で国際秩序を変更することを試みているという説明があった。中国は、平和と戦争の捉え方が日本とは異なる国であり、アメリカが参戦しない戦争なら勝利すると考えており、それは尖閣を巡る戦争であること、レーダー照射や威嚇射撃は中国にとっては平時の外交の一部として考えられており、日本への圧力は続くだろうというお話であった。関西学院大学の平岩教授の講演では、北朝鮮はアメリカ本土に到達する可能性のあるミサイルの発射実験に成功し、核の小型化、強力化に成功しているとされているが、竹島問題や歴史問題を抱えている日本と韓国が協力して北朝鮮に働きかけることは難しいということであった。
中国の軍事力による海洋進出の活発化、北朝鮮の弾道ミサイルの開発や核の小型化に対して、日本はどのように安全を獲得することができるのだろうか。2010年の防衛大綱では我が国自身の努力と共に同盟国アメリカとの協力により、我が国の平和と安全を確保すると述べられている。しかしながら、同志社大学の村田教授から指摘があったように、オバマ政権は、アジア太平洋地域に兵力をリバランスしていく意欲は示しているが、財政赤字を抱えており、国防費の大幅削減が続くため実行は容易ではない。アジア太平洋地域で米軍のプレゼンスが低下するという印象を与えかねない状況では、沖縄の米軍基地という米軍の前方展開は、アメリカは東アジアにおいて政治的影響力を維持し続けるという決意を周辺国に示すことになり、米軍基地が沖縄に存在することの政治的な意義は増加している。特にアメリカ海兵隊は地上戦力であるため抑止効果は大きい。日本のシーレーンに隣接し、第一列島線上に位置し、朝鮮半島、台湾へも近い位置にある沖縄に米軍の基地が配備されていることは、周辺諸国に対する抑止効果がある。もし、沖縄から米軍基地を撤退させることになれば、周辺諸国に東アジアにおける米国のプレゼンスは低下したという誤ったメッセージを送ることになりかねない。
在沖アメリカ海兵隊基地の軍事的意義
アメリカが沖縄に前方展開基地を有することによる政治的な抑止効果については、安全保障研究者の間である程度のコンセンサスを得ているように思われる。他方、有事の際の軍事作戦における在沖米海兵隊基地の意義は、安全保障研究でも、これまで十分に議論されてきたといえるだろうか。在沖海兵隊基地の軍事的意義として、島嶼防衛において迅速に対応するために在沖海兵隊基地が必要であるという説明がある。しかしながら、作戦を展開するための部隊の受け入れ基地としてもちろん有益ではあるが、海兵隊にとって、必ずしも沖縄に基地を維持しなくてはならない必要性がどれ程あるのかという点を考える必要がある。有事の際に初めに投入されると考えられる第31海兵遠征部隊(31MEU)の実動部隊は、平時から揚陸艦に乗船しアジア太平洋地域に展開し、二か国間演習や多国間演習をしているため、東日本大震災の時にはマレーシアで演習を行っていたように、有事の際に在沖海兵隊基地から展開するとは限らない。また、揚陸艦は佐世保が母港である。さらに増援部隊となる陸上戦闘部隊の第3海兵連隊や第12海兵連隊はハワイに配置されている上、米本土から増援部隊が派遣されることになっている。加えて、MV-22Bオスプレイの導入により、海兵隊の輸送能力は時間、距離ともに向上している。もちろんオスプレイの作戦行動半径を考えると、沖縄に基地を維持することは、地理的な利点が大きいが、空母や揚陸艦からも離発艦が可能であるし、なによりもMV-22Bオスプレイは広い戦域を狭い戦域に変えることができる。
また、海兵隊は空・地の戦闘部隊が一体運用される海兵空地任務部隊(Marine Air-Ground Task Force(MAGTAF))編制をとっているため、航空部隊と地上戦闘部隊を近接地域に配置する必要があるという説明もある。確かに、今回の研修の2日目に第36海兵航空軍が配備されている普天間航空基地を訪問した際にも、ロバート・エルドリッジ在沖海兵隊バトラー基地政務外交部次長、海兵隊普天間航空基地司令官ジェームスG.フリン大佐から海兵隊の空地統合編制の重要性について説明をして頂いた。しかしながら、海兵隊にとって空地統合運用のため、近接地域に部隊を配備する必要性は理解したが、それをなぜ日本本土ではなく沖縄に配備する軍事的必要があるのかという点は明らかにならなかった。むしろ、中国のA2・AD能力が向上した現在では、沖縄と日本が前線となりつつある状況では、前線に受け入れ基地を置く脆弱性はどう捉えたらいいのだろうかという疑問も抱いた。
おわりに
今回の沖縄研修で我々奨学生は、沖縄県議会を訪問し、沖縄への過剰な基地負担は受け入れられないという現地の声を聞いた。今後、沖縄の基地負担の軽減は、沖縄県の人々の期待とは、異なる理由で進んでいくかもしれない。海兵隊にとって在沖基地が以前と同様に魅力的な基地でありつづけるのかは疑問が残る。しかしながら、我々が直面する現実は、残念ながら米軍基地が縮小される平和の島沖縄ではなく、海兵隊の兵力が削減しながら、より周辺諸国からの圧力は増加するという状況も十分に考えられる。日米安保条約第6条の義務を果たし、日本に海兵隊基地が留まるように働きかけるのか、それとも例えば水陸両用作戦能力(装備とドクトリン)を保持する部隊の維持など、日本の防衛に関して戦略、作戦、戦術ドクトリンの見直しとそれに応じた装備体系の見直しなど独自の防衛努力を増やすのかについて議論をする必要があろう。また、例え前者を選択するにしても、主権を維持する国家である以上、後者について議論を行う必要があり、安全保障の研究者にはそのための基礎研究が求められていると考える。日本の安全保障研究者の多くは政府から独立した立場にあるため、政府の政策に縛られず、機密情報を知りえないからこそ、政治や軍事の歴史研究や社会科学の手法に基づく研究を行い、イデオロギーや政策から離れた観点から、防衛について研究し発言することが出来るはずである。
最後に、我々奨学生に、沖縄研修という機会を与えてくださった国際交流基金日米センター(CGP)、平和安全保障研究所(RIPS)の西原正理事長、プログラム・ディレクターの土山實男先生、田所昌幸先生、実務面を担当して下さったRIPSの川名研究員、波照間研究員、安富研究員、渡辺研究助手に深く御礼を申し上げる。また大変お忙しい中、我々奨学生に沖縄の人々の声をお聞かせ下さった沖縄県議会の比嘉、高嶺両議員、島袋名護前市長、沖縄市街地、名護市街地及び辺野古のテント村を案内して下さった清水那覇市議会議員、沖縄における米軍、自衛隊の活動状況のブリーフィングをして下さった沖縄防衛局、海兵隊普天間基地の案内と役割について教えて下さったエルドリッジ海兵隊政治部長と普天間航空基地司令官のフリン大佐 、同副司令官のパタック中佐に深謝したい。
【邦語報告】2013年度「ワシントンD.C.研修」レポート
齊藤 孝祐(横浜国立大学 研究推進機構 特任講師)
2013年8月26日から28日にかけて、平和・安全保障研究所日米パートナーシップ・プログラム、ワシントンDC研修が行われた。本研修では、ブルッキングス研究所、在米国日本国大使館、国務省、国防総省、ジョージワシントン大学シグルセンター、ジョージタウン大学、議会調査局、外交評議会、CSISに所属する専門家、特に日米関係・アジアを専門とする研究者や実務家と意見交換を実施した。研修は基本的に、各機関の専門家によるプレゼンテーションをもとに、問題意識の共有や討論を行う形で進められた。トピックも日米の安全保障問題を中心に、財政や経済政策、貿易、国内政治上の諸問題を含めて幅広く扱われ、それらの関係性の中から現代の日米関係、さらに東アジアの国際関係を読みなおす貴重な機会となった。
リバランスをめぐる政策的関心
今回の研修において共通して議論の土台となったのは、やはりオバマ政権によるリバランスの問題であった。リバランスをめぐる議論では基本的に、多くの専門家の間で日米関係の重要性に関するコンセンサスが存在する。そのため、同盟を通じて東アジアの安定を考えるにあたり、米国の側では日本の動向に対する関心は高く、中でも日本における集団的自衛権の解釈をめぐる議論は大きな注目を集めている。中国の動向に対する懸念が大きくなるとともに、北朝鮮の指導者交代などの動きが東アジアの安全保障情勢をますます不透明なものにする中、米国にとって日本が集団的自衛権を行使しうるかどうかは、安全保障政策のコストやリスクの分担、さらには同盟の信頼性という観点から大きな関心事となる。また、そこで論点となる事案が、従来議論されてきたミサイル防衛システムの運用や海外派兵時の自衛隊の活動範囲をめぐるものにとどまらず、宇宙やサイバー空間などを含めて広がりを見せていることも、関心を高める一因となっている。このような軍事的側面だけでなく、経済的な観点から日米関係を重視する向きもある。近年、TPPへの日本参加をめぐる議論が紛糾しているが、このことは経済回復のために輸出拡大を政策目標として掲げるオバマ政権にとって大きな意味を持つ。同様に日本においても、アベノミクスを通じた経済活性化が模索されており、TPPにいかなる形で参加するかが重要な政策課題となっている。
協力深化に伴う問題と財政制約のインパクト
これらは確かに、日米関係を中心に東アジアの安定や経済状況の改善を進めていく際に避けては通れない案件であり、一面ではそこから得られる日米共通の利益は大きいといえよう。しかし同時に、こうした形で協力の深化を進めることによって、新たな問題が生じる可能性があるという点にも目を向けなければならないように感じた。この点について考える際に、米国における予算強制削減の問題は非常に大きな意味を持ってくるように思われる。予算の強制削減については、今回の研修においてもしばしば取り上げられるテーマとなった。そこでは一方で、予算強制削減はリバランスに影響を与えないとの見方も示されている。しかし、そもそも米国の提唱するリバランスは、中国への懸念やイラクからの撤退といった軍事戦略上の要請のみによって規定されてきたわけではない。むしろリバランスは、イラクやアフガニスタンにおける戦費拡大にリーマンショック以降の経済停滞やそれに伴う税収減が重なったことで、そのような軍事戦略自体が予算の制約に強く規定されるようになった結果であるともいえよう。近い将来に米国の財政問題が劇的に改善する見込みがなく、このような形で戦略が財政に規定される状況が進んでいくとすれば、米国が東アジアにおける軍事的プレゼンスを強めていくにせよ、そこでは何らかの形でコスト・リスクの分担をめぐる議論が高まっていくのではないだろうか。経済面においても同様に、TPPのような枠組みが日米両国に利益をもたらすという点から出発したとしても、それぞれが厳しい経済状況におかれる中ではより多くの経済的利益を得ようとするインセンティブが双方に働きやすくなるということも起こりうる。実際、2013年8月の時点では日本と米国を含む他の参加国との間でTPPの自由化率についてすり合わせが十分に進んでおらず、いくつかの点については合意に至らない可能性があるとの見方も示されている。
こうした観点から改めてリバランスの問題を考えてみると、そこには単に米国のアジア重視とそれに呼応した日本の安全保障戦略の結果として日米同盟の深化という道筋があるだけでなく、同時に関係の深化に伴ってさまざまな利害の衝突という問題が強くあらわれてくることも考えられる。日米両国が厳しい財政問題を抱える中でなお、日米関係を中心に東アジアの安全保障問題への対処を考えるならば、日本の国益、米国の国益という視点と並び、関係全体として(あるいは同盟として)の合理性や効率性という観点からも問題解決の道筋を考えていくことが不可欠の作業となるように思われた。
日米関係の外側
リバランスの財政的側面に加えてもう一点、日米関係だけでなく、それを取り巻くその他の国々との関係から東アジア全体の安全保障を考えることの重要性を再び想起させられたのは大変有意義であった。日本という立場から東アジアの安全保障を考える際には、しばしば日米同盟を起点に議論を展開してしまいがちであるが、今回の研修を通じて強く感じたのは、米国の側からリバランスの問題を見た場合にあらわれてくる韓国の存在感である。日米関係のみならず韓国との関係をうまく管理し、協力関係を構築していくことは、安全保障政策の効率化が必須となっている米国からすれば当然の動きであるといえるかもしれない。特に北朝鮮への軍事的対応という文脈では、日米韓の情報共有や軍-軍関係の緊密化から得られる利益は大きいというのが多くの専門家の基本的な見解であるように思われる。また、こうした議論においてはしばしば、日韓関係の強化もまた同様に大きな利益を生むものであり、その実現に向けて相互利益に関する理解を深めていくべきであるとも論じられる。とはいえ、周知のように日韓間では歴史認識や靖国参拝などの事案が常に問題となる。こうした問題をめぐる議論は利益や合理性とはやや離れた部分で展開されているというのが現状であり、それゆえに利益のみを材料に関係の緊密化について考えることが果たして可能なのかという疑問も残る。いずれにせよ、日米ないし日米韓の間で安全保障だけでなく、政治・経済を含むより大きな” win-win”のパッケージをいかにデザインし、そこに至るシナリオを描き、共有していくかが重要であるということ、それと同時に、各国が資源の不足や多様な政治問題に直面し続ける中でそのような道筋を考えることが非常に困難な政策課題であるということを、改めて認識させられることになった。
また、今回の研修期間中には奇しくも、シリアに対する武力行使をめぐる議論が米国内で盛り上がりを見せ始め、リバランスの影響を日米ないし東アジアの文脈のみで考えることの限界について考えさせられることになった。米国の資源が限られる中で中東情勢に大きな変化が生じれば、それは日本の外交・安全保障政策にも間接的に影響を及ぼしうる。実際、今年7月にヘーゲル国防長官が述べているように、強制削減が行われることで軍事力の縮小が進めば、米軍はミッションや展開地域の見直しを迫られるようになろう(ただし、このステートメント自体は、だからこそこれ以上の予算削減が困難であることを訴えるものになっている)。セミナーの中でこの件について議論する機会はほとんどなかったものの、米国のリバランスを中心とする今後の戦略について理解するうえでも、日米関係や東アジア地域の動きをフォローするにとどまらず、中東の動きやそれをめぐる各国の動向を複眼的に観察していくことが重要になるように思えた。
謝辞
最後になったが、今回の訪問先で多忙にもかかわらず時間を割いてくださった、ミレア・ソリス氏、リチャード・ブッシュ氏、ジョナサン・ポラック氏(以上、ブルッキングス研究所)、貝原健太郎氏、池内出氏、佐藤卓央氏(以上、在米国日本国大使館)、ジェームズ・ズムワルト氏(国務省)、クリストファー・ジョンストン氏(国防総省)、マイク・モチヅキ氏(ジョージワシントン大学)、マーク・マニン氏、エマ・シャンレット・エイブリー氏、イアン・ラインハルト氏(以上、議会調査局)、シーラ・スミス氏(外交評議会)、マイケル・グリーン氏、ニコラス・セーチェニー氏(以上、CSIS)、ビクター・チャ氏(ジョージタウン大学)、及び訪問先スタッフの方々に感謝を申し上げたい。何より、今回の研修でこのように有意義な経験ができたのは、平和・安全保障研究所、国際交流基金日米センターによるサポートはもちろんのこと、ディレクターの土山實男先生によるとりまとめ、そして研修全体を企画・運営してくださった安富淳研究員、森﨑正統研究員をはじめとする研究所の皆様のおかげであることはいうまでもない。また、研修中にフェローの間でもさまざまな議論を交わしあい、その結果としてこれまで以上に関係を深められたことは、今後の研究活動を進めていくうえで、知識や理論以上に大きな財産となるものであった。
日米パートナーシップ・プログラムの研修も今回のワシントンDCが最後になり、今後はフェローが各々に成果報告に向けた研究を積み重ねていくことになる。今回の研修から少しでも多くのことを学び、最後の研究成果、そして今後の研究活動に結び付けていけるよう努力していきたい。
【英語報告】2013年度「ワシントンD.C.研修」レポート
Dr. IHARA, Nobuhiro
(Associate Professor, Graduate School of Language and Culture , Nagoya University)
From August 25th to 28th, RIPS fellows visited Washington D.C. for a series of meetings with high-level officials at the State Department, Department of Defense, and the Japanese Embassy, as well as several researchers at the Brookings Institution, George Washington University, Georgetown University, Congressional Research Service, Council on Foreign Relations, and Center for Strategic and International Studies. Through these meetings, fellows heard meaningful opinions and received valuable information on their research topics and current and historical issues regarding Japan-U.S. relations. On behalf of the RIPS fellows, I want to thank all the officials and researchers for attending our meetings and providing useful comments. Since the discussions we held were too wide-ranging to list here, I will report some of the debates we had on Japan’s reinterpretation of the right of collective self-defense being attempted by the Abe regime. I will especially focus on how the Japanese government should mitigate the concerns of neighboring countries on Japan’s attempt to take a larger military role through this reinterpretation. Please note that I cannot reveal who made the comments mentioned below since all meetings were informal in nature.
Needless to say, the U.S. officials welcomed the development of the Japan-U.S. alliance, including the reinterpretation of the right of collective self-defense (they also indicated this was a domestic issue for Japan, and the U.S. government has no intention to interfere). As a result of this development, they hope, for instance, the military budget will be increased by Japan as a realistic measure. Moreover, an official and a researcher both pointed out that, in addition to this reinterpretation, a new defense guideline between Japan and the U.S. to, for example, modernize cyberspace defense efforts, is needed.
Many academic researchers, however, paid strong attention to the critical responses from China and South Korea on this issue. As is well known, these two countries have been opposed to Japan’s military contribution to the collective defense arrangement for a long time. Japan’s worsened relations with these two countries due to historical and territorial problems is also behind their concerns over Japan taking a larger international military role. In this regard, not only academic researchers but also some officials we met in Washington D.C. criticized the Japanese government’s lack of sensitivity on historical issues. Moreover, a researcher argued, citing comments made by Deputy Prime Minster Aso in July 2013, that more careful wording by politicians is necessary to keep good relations with the U.S., China, and South Korea. With respect to territorial problems, some opinions differing from the Japanese government’s stance were presented. Whereas the Japanese government has claimed sovereignty over Takeshima Island, it has argued that territorial disputes do not exist over Senkaku Island. However, a U.S. official suggested in this regard that the Japanese government needs a consistent approach on this issue.
However, another argument suggests that concerns caused by the reinterpretation of the right of collective defense can be mitigated to some extent. According to this argument, Japan’s exercising the right to collective defense should be welcomed by the South Korean government as a measure of qualitative and quantitative expanded support to Korea. Several officials and researchers argued, for instance, that the Japan-U.S. alliance and the U.S.-Korean alliance should not be separated and it is inappropriate to consider that the Japan-U.S. alliance cannot play a significant role in case of an emergency on the Korean Peninsula. In other words, the Abe regime’s reinterpretation can strengthen the trilateral defense framework of Japan, the United States, and South Korea. In this sense, a researcher pointed out that having too many concerns about China’s response to the reinterpretation results from view things too narrowly.
Regarding China’s reaction to the reinterpretation, an official pointed out the importance of keeping the intentions of the governments of Japan and the United States transparent. The Japan-U.S. alliance has neither suggested a potential enemy nor shown any anti-China sentiment, at least ostensibly. According to this official, we should note that both Japan and the United States have employed not only a military, but a comprehensive, approach in their China policy. In fact, as a researcher argued, the bilateral relationship between Japan and South Korea has developed after the Cold War, not due to shared anti-China sentiment.
As argued above, the defense experts we met in Washington D.C. also did not suggest a panacea on this issue, and therefore, long-term efforts to resolve and mitigate neighboring countries’ concerns are required. Nevertheless, as some officials and researchers pointed out, many Japanese have not deepened their understanding or put a priority on this issue. In order to increase transparency on how the Japanese government exercises the right of collective self-defense, national debate is urgently needed.
最終論文発表会(2014年7月20日)
2014年7月20日(日)、奨学プログラム奨学生および特別フェローによる「最終論文発表会」が、千代田区永田町の全国町村会館において実施されました。本プログラムの主要目的のひとつが、2年間の研修期間を通じて、参加者各自の個別研究を進め、学術雑誌に掲載可能なレベルの論文を執筆することにあります。
本会では、当研究所の奨学プログラムを修了し、現在、安全保障研究の第一線で活躍する研究者を発表のコメンテーターとして招き、奨学生・特別フェローの個別研究に関する発表に対してコメントを得る大変重要な機会となりました。
発表を控えた奨学生・特別フェローは一様に緊張していましたが、発表が始まるとしっかりとポイントを押さえたプレゼンテーションを行い、コメンテーターからは厳しい意見も含め、各自の論文執筆において非常に有益なコメントを得ることに加え、各々のイシューについて意見を交わすこともでき、貴重な機会となりました。
最後となりましたが、ご協力いただきましたすべてのコメンテーターの先生方に、この場をお借りして御礼申し上げます。
日米若手研究者会合(2014年7月26日)
「最終論文発表会」から1 週間後の、2014 年7 月26 日(土)、同じく全国町村会館において、「日米若手研究者会合」を実施しました。例年、奨学プログラムは「最終論文発表会」を以って終了していましたが、今年度は、新しい試みとして、東アジアの安全保障に関する相互理解の促進を目的として、米国で活躍する同分野を専門とする若手研究者との意見交換を行いました。
米国からは、以下の3 名のご参加を得ることができました。
Dr. Leif-Eric EASLEY
(Assistant Professor, Ehwa University)
Dr. Jeffrey HORNUNG
(Associate Professor, Asia-Pacific Center for Security Studies)
Mr. Nicholas SZECHENYI
(Deputy Director, the Center for Strategic and International Studies)
またあわせて、奨学プログラム修了者である佐橋亮氏(スタンフォード大学)にプレゼンタ-およびディスカッサントとしてご参加いただき、本会合へのご協力を賜わることができました。
本会合では3 つのテーマに沿って、発表者が東アジアの安全保障において各専門分野の視点から政策分析を行った後、それに対して、日本及び米国それぞれ1 名ずつ指名されたコメンテーターが議論や質問をし、その後、会場全体で協議を継続しました。米国からの新しい視点が加わった議論を交え、会合は終始活発に行われました。
Session.1 |
The Korean Peninsula and the Japan-U.S. Alliance
Dr. Kei KOGA / Dr. Leif-Eric EASLEY
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Session.2 |
China and the Japan-U.S. Alliance
Dr. Ryo SAHASHI / Dr. Jeffrey HORNUNG
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Session.3 |
Nuclear Problems in the East Asia and the Japan-U.S. Alliance
Mr. Ippei KAMAE / Mr. Nicholas SZECHENYI
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また、会合終了後は、米国からの研究者を交えた夕食会が行われ、そこでも活発な議論が交わされました。
※所属機関や肩書は、当会合実施当時のものです。