国際平和協力のための文民派遣の強化秘策

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上杉 勇司 (早稲田大学 国際教養学部 准教授)

 7月26日に防衛力の在り方検討のための委員会が、次の『防衛大綱』の下敷きとなる中間報告を出した。そこでは「積極的に国際平和協力活動に取り組む必要」が指摘され、「PKO参加5原則や一般法(中略)について、政府全体として検討していく必要がある」とした。6月4日に出された自民党の『新「防衛計画の大綱」策定に係る提言』においても「国際平和協力のための一般法の制定」が取り上げられており、安倍政権下で再びPKO法の改正に関する議論が加速化する見込みだ。

 その際に、国際平和協力活動への自衛隊派遣に関する法改正だけではなく、文民派遣の観点からも必要な対応を検討していくことが求められる。この主張は、民主党政権下で発足したPKOの在り方に関する懇談会が、「文民の専門家や警察要員等の積極的参加を得ることにより、我が国全体として国際平和協力の実を一層上げていくことが期待できる」と表明したことと軌を一にする。くわえて、この主張は、国際平和協力の現場の要請に応えていくものでもある。とりわけ、迅速な文民派遣への需要は高く、2010年のG8ムスコカ・サミット首脳宣言にも盛り込まれたように、国際的な対応が求められてきた。すでに米国は文民対応隊(Civilian Response Corps)を、英国は文民安定化グループ(Civilian Stability Group)を創設したが、我が国の反応は鈍い。

 したがって、これからPKO法の改正や一般法の制定について議論していく過程で、我が国として、いかに文民派遣をしていくのか、という視点を忘れてはならない。そもそも、現行PKO法(特に参加5原則)の役割は、自衛隊のPKO参加が、憲法が禁じる「武力の行使」とならないことを保証することにある。しかし、現行法では、本来は「武力の行使」とは無関係の文民に関しても参加5原則が適用され、積極的な文民派遣の足枷となってきた(これまでPKO法に基づき333名の文民が派遣された)。よって自衛隊派遣と文民派遣については、法的に分けて整理していくべきである。

 我が国による積極的な文民派遣を実現するためには、法整備に加えて、文民専門家の育成、組織化、派遣体制の整備が欠かせない。文民専門家の育成については、外務省の「平和構築人材育成事業」など着実に成果が現れつつある。しかし、組織化や派遣体制の整備は手つかずのままだ。いくら法整備がなされたところで、また中長期的な観点から人材育成をしたとしても、文民派遣を実行に移すための組織や体制が整っていなければ、我が国による文民派遣は滞ってしまう。よって、文民専門家の組織化と派遣体制の整備は、法改正と合せて取り組む課題である。

 東日本大震災の経験を通じて、私たち日本人は100万人を超す文民を迅速に派遣する能力を持っていることが実証された。国家規模の災害に対して、国家公務員だけでなく、全国各地の警察官、消防士、地方自治体職員、医師・看護師、NGO職員などが、それぞれが抱える組織的な課題や制約を乗り越えて、被災地に駆けつけた。この教訓は、文民派遣の今後について重要な示唆を与えてくれる。国際平和協力の現場で必要とされる文民専門家は、実は、東日本大震災のような国家的な危機に我が国が瀕した場合にも必要とされる。そこで、国際平和と国内危機の双方に対応できるハイブリッド「文民復興支援隊」を作ることを提案したい。その際に、東日本大震災における警察や消防による部隊派遣や公務員が取り入れた応援職員制度を参考に、我が国の文民派遣体制を整備してはどうだろうか。

 これからPKO法の改正を議論する際には、自衛隊派遣に偏ることなく、このような文民派遣の強化策を合せて検討することが必要だ。それが文民大国としての我が国の責務を果たすことにつながる。

RIPS' Eye No.170

執筆者略歴

うえす・ぎゆうじ 国際基督教大学教養学部卒業後、米国ジョージメイソン大学紛争分析解決修士課程修了、英国ケント大学政治・国際関係大学院博士課程修了。沖縄平和協力センター副理事長、広島大学大学院国際協力研究科准教授などを経て現職。専門は平和構築、紛争解決、国際平和活動。『平和構築における治安部門改革』(共編、国際書院2012年)、『国家建設における民軍関係:破綻国家再建の理論と実践をつなぐ』(共編、国際書院2008年)、『変わりゆく国連PKOと紛争解決-平和創造と平和構築をつなぐ』(明石書店2004 年)など。

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