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対中関係に苦慮するベトナム

 冷戦後のベトナムは、同じ共産党一党体制をとる中国との関係を強化し、同国をモデルに一党制を維持しつつ経済発展を図ってきた。今のところ経済的パフォーマンスは好調だが、対中関係は領土や資源開発をめぐって複雑化しており、それらに関して市民がハノイ政府への異議申し立てを活発化させている。

 対中関係で市民が自発的な行動をとるようになった第一の要因は、南シナ海の領域主権問題である。ハノイやホーチミン市など主要都市では、知識人を中心とする市民が、南シナ海における中国の行動を批判するデモを組織するようになった。最初のデモは、2007年12月に中国が西沙・南沙群島を含む「三沙県」を設置したことへの抗議として始まり、2011年夏には、ベトナム石油公司の探査活動を中国船が妨害した事件を契機に、11週連続で実施された。今年6月には、三沙県の「市」への格上げと、中国海洋石油総公司による入札問題をきっかけにデモが再燃した。

 第二の要因は、ベトナムの中南部高原における中国企業によるボーキサイト開発問題であった。これは中越の党指導部が密室で決定し、ベトナム国会にさえ知らせないまま工場建設が始められたため、広範な市民の反発を招くことになった。戦略的要衝である中南部高原に、中国人労働者が大量に流入して「中華市鎮」を形成し、環境を破壊した上に、生産されたアルミナの大部分が中国に輸出されるという憂慮から、反中国ナショナリズムが刺激されたのである。

 筆者は今年の2月にボーキサイト開発現場を視察したが、中国人労働者の流入による大きな影響は確認できなかった。むしろ、予算不足による賃金不払い、住民の移転や補償計画の不透明、道路をはじめ関連インフラ建設の遅れなど、ベトナム側のガバナンスの問題が顕著であった。それでも無理に工場建設を急いだのは、グエン・タン・ズン首相が中国側から莫大な賄賂を受け取っているためという噂もある。

 市民の批判は、中国よりもむしろ自国の政府に向けられていると考えられる。つまり、外資と癒着した権力者の汚職、開発のための強制的な土地収用、体制批判者の逮捕、投獄といった強権的措置に対する不満が、対中弱腰外交への批判という形で表明されているのである。デモ参加者は国旗を掲げ、愛国心を強調して「西沙・南沙はベトナムのもの」と叫ぶ。そのような手法には、政府と同じ主張を掲げて弾圧を回避し、反中ナショナリズムで大衆的な共感を得るというねらいがあると理解できる。しかし、その一歩奥には「国を裏切っているのは実は誰なのか」という厳しい問いかけがある。

 ハノイ指導部は、体制維持と安全保障のために中国と良好な関係を維持しなければならない。しかし、北京に宥和的な政策をとれば市民の反発を招き、国内の不安定化につながるというディレンマがある。今のところはデモを強制的に解散させ、政府を批判するブロガーを逮捕して秩序の維持を図っているが、一党体制への批判を封じることは不可能であろう