RIPS' Eye Special Issue (2011.5.2)
フクシマ原発損傷評価は国際的権威付けが必要*

平和・安全保障研究所理事長
西原 正
福島第一原子力発電所の地震・津波による損傷で気になることの一つは、国際社会にどれだけ適切な情報を発信しているかということである。最近米国に出張した際、ある夕食会(3月31日)で原発損傷が話題になった時、一米国人は「情報の不足が問題なのではない。問題は情報がどれだけ本当なのか、事態は日本政府が出しているよりももっと深刻なのではないか、あるいは深刻になるのではないかという疑問に日本政府が十分に応えていない点にある」と語った。
原発が損傷して放射性物質が大気に放出されたとき、一連の政府および東電の発表は混乱を招くものであった。政府(厳密には、経産省原子力安全・保安院)は国際原子力事象評価尺度である7段階を用いて、段階5にあった米国のスリーマイル島原発事故と段階7にあったチェルノブイル原発事故の間ぐらいだとしていた。
しかし外国の専門家のなかには、原発の損傷状況は政府が発表するよりも深刻で原子炉の溶融が進んでおり、相当の放射性物質が放出されたとする見方がなされた。そして諸外国は関東在住の自国民を帰国させるためにチャーター機を出したり、東京の大使館を閉鎖して大阪に大使館機能を移転させたり、ルフトハンザ航空に至っては成田空港離発着を中止して名古屋の中部空港に切り替えた。横須賀米軍基地なども、米兵の家族の希望者には帰国を促すため、軍用機を配備した。最近基地の米海軍高官と話す機会があったが、彼は、「海上にいる将校や乗組員が、横須賀に残した家族のことを心配しなければならないとなると、任務遂行に支障をきたすので、希望家族に帰国を促す措置を取った」と説明していた。日本側からすれば、大げさな反応をした。
この間、4月9日のニューヨークタイムズ紙は、原子炉の損傷状況の評価に関して東電の関係者は米国の核専門家が厳しい評価をしていることに腹を立てている旨の記事を載せていた。じじつ損傷原子炉の復旧作業が進んだ結果、放射線量の数値が相当に下がり、米国やフランスをはじめ、いくつの外国政府は自国住民の帰国勧告を解除し始めた。
ところが、4月12日になって、保安院は、放射性物質の放出量からいってチェルノブイル事故と同じレベルの段階7であると発表した。となると、事態は相当深刻であるということになる。そして国際社会が案じて警戒態勢をとったのは慌てすぎではなかったことになり、逆に日本人が政府に騙されたことになった。ここに一層の混乱が生じる余地を作ってしまった。政府は、「段階7でも、チェルノブイル事故とまったく異なる」と追加説明をしても、「段階7」が独り歩きを始めてしまった。
4月初めワシントンで私が会った米国人は、一様に「あれだけ大きな地震や津波があったのだから日本がその損傷処理に苦労しているのは本当に気の毒である。これはみんなの問題である」という見解を示し、日本の処理努力に同情しこそすれ、批判することはなかった。したがって日本政府はもっと早い段階で、「処理は進んではいるが、損傷原子炉が段階7にあると評価する可能性がある」と発表していれば、国際社会から政府発表の信憑性に対する批判を受ける必要がなかった筈である。
こうした危機状況に関する情報をどう発表すべきかというのは確かに難しい。しかしこういう時には、国際社会とのギャップを狭めるためにも、専門家による国際委員会を設置してそこが権威をもって発表するようにするにすべきではないか。現状では、この役を引き受けるべきは国際原子力委員会(IAEA)であるが、これまでのところそういう役を果たしているとは思えない。IAEAにはそんな権限は与えられていないと聞く。日本政府は、これからしばらくは続くと見られる原発損傷問題に関して長期的な立場から、情報のギャップが生じないように国際機関や国際委員会を巧みに使うようにすべきである。日本は危険だとの印象を、日本自らが作り出すべきではない。
*安全保障問題研究会『安保研報告』2011年4月26日号巻頭言から