経済制裁緩和で核開発停止を実現すべし

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鈴木 一人 (北海道大学大学院 法学研究科 / 国連安全保障理事会 イラン制裁委員会 専門家パネルメンバー)

 イランのロウハニ大統領が就任してから半年が経ったが、この間の変化は目覚しいものがある。「アメリカに死を」がスローガンだった前政権の政策をくつがえし、アメリカを含むP5+1との交渉を成立させ、核開発の一時中断を受け入れることを認めた。イランは確実に変化している。

 しかし、この変化を手放しで喜ぶわけにはいかない。イランの国内にはロウハニ大統領を快く思わない保守派が多数を占める議会や軍事・経済の実権を握る革命防衛隊による反発は激しく、彼らはアメリカと交渉することすら認めていない。現在のところ、ロウハニ大統領はアメリカとの交渉でウラン濃縮の一時停止は認めたが、遠心分離機などの施設の解体には合意していないため、暫定合意の6ヶ月が過ぎれば、また元に戻ると主張しでて保守派にも合意を受け入れさせようと必死である。

 また、イランの核開発に関して最終的な決定権を持つ最高指導者のハメネイ師は、現時点ではロウハニ大統領の方針を黙認しているが、明示的に核交渉の推進を指示しているわけではなく、ロウハニ大統領に対する国民からの支持が続く限り、保守派とも大統領とも距離を置きながら中立的な立場を維持する姿勢を見せている。

 これはつまり、ロウハニ大統領が核交渉をまとめ、経済制裁が緩和され、イランの経済が上向きになり、国民が求めているインフレの抑制や雇用の創出、生活環境の改善が達成されない場合、ハメネイ師は保守派や革命防衛隊と結びつき、また強硬路線に戻ることもありうることを示唆する。その場合、中東地域の緊張はさらに高まり、イランの影響を強く受けるヒズボッラーやシリアのアサド政権などへの支援が強化されることでシリア情勢はさらに悪化する可能性もある。また、イランの強硬姿勢はペルシャ湾岸諸国やサウジアラビアを刺激し、一層の緊張が高まる可能性もある。

 ボールは今、西側諸国、とりわけ単独制裁を行っているアメリカとEUのサイドにある。イラン制裁は国連安保理による核・ミサイル開発を阻止するための制裁と、アメリカやEUが一方的に課している制裁と二つのレベルに分かれている。現在、核交渉で議論の対象となっているのは、これらの一方的制裁、特にアメリカが課している金融制裁と、EUが課している保険の制裁である。

 これまで経済制裁は物資の輸出入を制限する禁輸措置が主流であったが、近年、金融制裁など物資ではなく、取引のプロセスそのものに制裁を加えることで効果を得ようとする傾向が強まっている。また、EUの保険付与の停止は、輸出入の際の輸送を困難にし、リスクの大きい取引が難しくなった。これにより、制裁対象ではない物資であっても、輸出入の決済ができないため、限られた手段で決済できる範囲でしか貿易が成立せず、経済制裁に強い効力を与えることができる。

 こうした効果の高い経済制裁を徐々に緩和し、イラン経済の成長を維持することで、イラン国民の満足度を高め、ロウハニ大統領への支持を維持させることが地域の安定と核開発の停止に向かわせることが最善の道である。しかし、米欧の間でも認識のギャップは存在し、アメリカの共和党保守派は制裁強化を求める動きを見せている。
イランも欧米も暫定合意以降の展開を描ける状態にはなく、双方とも内側に別の交渉相手を抱えている。国内の反対を乗り越えて更なる制裁緩和と核開発の停止を実現することが双方の指導者に求められている。イスラム革命以降もイランと経済的な関係を続けてきた日本にとってもイラン経済を安定させ、核交渉を順調に進展させるために、その特別な立場を活かす絶好の機会でもある。

RIPS' Eye No.176

執筆者略歴

すずき・かずと  立命館大学国際関係学部飛び級、立命館大学大学院修士課程修了、サセックス大学大学院博士課程修了( Ph. D)。現在北海道大学大学院法学研究科を休職して国連安保理イラン制裁委員会専門家パネルメンバー。国際政治経済学専攻。当研究所安全保障研究奨学プログラム第12 期生。『宇宙開発と国際政治』、『EUの規制力』(共編) など。

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