日蘭防衛協力の今後-多面的協働関係の構築へ

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青井 千由紀 (青山学院大学 国際政治経済学部 教授)

 アジア、欧州における大国の一方的行動が広く懸念されている。そのような中でも、主要欧州諸国では、外交、防衛、開発といった国力の諸側面を統合的に動かす包括的アプローチにより、防衛関与及び安定化を軸とする域外支援に一層真剣に取り組んでいく姿勢を明確にしている。ここ10年あまり続いたアフガニスタンなどの遠隔地における戦争に対しては、欧州諸国では世論の反発が強い。にもかかわらず包括的アプローチや域外関与を重視する背景には、地域ひいては地域間の不安定化を引き続き深刻な脅威と認めざるを得ない現状がある。

 筆者は2014年夏、オランダ国防大学の招聘により、多国籍活動の研究のため5週間出向したが、その間、30件近い蘭軍(主に海軍に属する海兵隊及び陸軍)上層部と主要省庁幹部に対する聞き込み調査を許可された。

 その際、特に印象的だったのが、遠征、多国間、多組織といった今日のオペレーションの特質を重視する蘭政府・軍の姿勢である。まず、遠征については、これが今後も蘭政府・軍の重点領域であることに変わりはない。切迫した財政事情の中、ロシアの動向を見守りながら欧州の防衛を強化するのはもちろんであるが、これは蘭政府・軍が今後は中東やアフリカ、これを超えた地域の安全保障に関与しないということを意味するわけではない。事実、蘭政府は、先頃フランスによる安定化作戦が繰り広げられたマリにおける国連マリ多元統合安定化支援ミッションに、380名ほどの特殊部隊を主軸とする要員を派遣している。近年、主にアフガン作戦で培われた情報収集能力を投入しているのである。米国は蘭軍の特殊部隊(海兵隊と陸軍がそれぞれ特殊部隊を保有している)の能力を高く評価しており、アフガン南部への蘭軍の展開を歓迎した経過がある。オランダはマリ国連ミッションに攻撃型ヘリも4機派遣しており、その指揮指令体系は国連でも前例がない。また、高い遠征・即応能力を持つ蘭海兵隊は、地上での作戦に加えて、水陸両用部隊を数多くの国連を含む国際ミッションや二国間訓練に展開しており、こういった遠征・国際活動を今後ますます重視していく模様である。

 また、軍制度と運用の多国間化、多組織化も一層加速している。過去10年余りのアフガン戦争はNATO諸国間でのインターオペラビリテイーを大きく前進させた。今後、蘭陸軍は独陸軍と共同で運用されていくが、これは両国の経済的、技術的条件が似通っているという事情による。また、歴史的に英海兵隊と共同作戦ができる体制を持つ蘭海兵隊は、現在ではその他多くの欧州諸国と共同で作戦が可能である。オランダは、海上でも3D(外交、防衛、開発の頭文字をとった政府全体の対応のこと)作戦を繰り広げており、これは同時に多国間、多組織である。例えば、米アフリカ軍司令部において計画された西アフリカにおける水陸両用能力の多国間訓練などである。また、ソマリア沖におけるEU海上作戦には副司令官を海兵隊から派遣しているが、これは地上での能力構築などの活動と連携している。
 日本でも水陸機動団の新設など防衛整備は進んでいるが、長期的には日米間のみでなくNATOとの連携をも強化すべく、欧州諸国との防衛交流も今から重視すべきであろう。特に、歴史的に遠征、多国間、多組織の活動に熟練した蘭軍は、自衛隊にとっても良い交流相手である。事実、自衛隊が初めて国連PKOに参加したカンボジア、安定化に初めて独自の任務を持ち関わったイラク派遣ともに、蘭軍が治安任務を担当する地域での活動であった。日本とオランダは社会・経済的条件が似通っており、ミサイル防衛、サイバー、ISR技術などは共通の関心である。Pac3やF−35戦闘機、攻撃型ヘリなど、両国は多くの同じ機材を保有していることから、協力もしやすい。防衛交流を深めることは、将来の日本のグローバルなプレゼンスにとって大きな助力となるだろう。

RIPS' Eye No.186

執筆者略歴

あおい・ちゆき コロンビア大学博士(国際政治学)(2002年)。国連難民高等弁務官事務室、国連大学での5年間の職員経験を経て現職。専門は国際政治学、安全保障・戦争学。2008-9年、ロンドン大学キングス・カレッジ戦争学部客員研究員。2012-13年、国連人道問題調整局「対テロ行動と人道原則」研究顧問。2014 年オランダ国防大学へ招聘研究のため出向。主要業績として、Legitimacy and the Use of Armed Force: Stability Missions in the Post-Cold War Era(London: Routledge, Contemporary Security Studies Series, 2011)、「英国の対反乱ドクトリンー古典的原則の起源と継続性」『軍事史学—治安戦と反乱の諸相』 第49巻第2号(軍事史学会 2013年)他。

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