特定秘密保護法を活かすには各層の努力が必要

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落合 浩太郎 (東京工科大学 准教授)

 拙速との批判もあったが、国論を二分する議論の末、2013年12月に成立した特定秘密保護法は、本年12月に施行される。特定秘密を取り扱う官民関係者の適性評価(身辺調査)を実施し、特定秘密の漏洩は最高で懲役10年に引き上げられて「普通の国」に近づき、アメリカも評価している。もちろん、法成立で一件落着ではなく運用次第だが、集団的自衛権論議の陰に隠れたのかメディアの話題にならなくなったのが懸念される。

 これまでは、法律や組織の体裁を整えただけで安心して、「仏作って魂入れず」となって、内閣情報調査室(内調)・内閣情報会議・合同情報会議等が本来の機能を果たしていないようだ。とりわけ内調は、外国に拠点を持たず、インテリジェンス(諜報)入手は他省庁からの提供に頼る。プロパー職員は半分以下で、トップの情報官以外の主要ポストは数年で本省に戻る出向組が占め、情報官は警察、次長は外務省等と既得権益化している。各省庁の関心はポストの維持で「順送り人事」がまかり通り、政治家も真剣に取り組まず、そもそもインテリジェンス・リテラシー(教育・理解)もないために、内調等は機能していないと言える。特定秘密保護法の成立だけでは現状は変わらない。

 インテリジェンスを生かすも殺すも第一に政治家次第だ。2003年のイラク戦争に際して、開戦を認める決議の判断材料としてアメリカ上院の求めで、CIA等のインテリジェンス・コミュニティ(諜報を取り扱う諸機関)は、総意としてイラクの大量破壊兵器に関する国家情報評価(NIE)をまとめた。インテリジェンス・リテラシーがある者が全文を読めば、注に国務省の異論が明記されるなど、「イラクに大量破壊兵器があるとの確証まではない」ことが読み取れた。しかし、96頁の全文を読んだ議員は100人中わずか20人以下と言われる。その結果、アメリカ人だけで4千人、イラク人は数十万人の死者が出た。ただ、機密文書扱いのNIEを各自1人で読み、政策スタッフにも相談できない厳しい状況で判断が求められた。また、この話を聞いた自民党関係者は「よく20人も読んだ。日本の政治家はもっと忙しい」と語っており、同情を禁じえない側面もある。

 なお、法成立の直前に、監視組織がいくつも作られたが、政府の中にあり独立性を疑う声もあるが、国民の代表である国会の特定秘密監視審査会が役割を果たせば心配はない。衆参両院の各8名の議員は、非公開の秘密会で厳しい守秘義務も課され、重圧に耐えて特定秘密指定の是非を審議しなければならない。インテリジェンス・リテラシーを持つ優れた議員がメンバーとなるか注目すべきだ。これを経験した議員が外務・防衛大臣、さらには首相になるようなキャリア・パスができれば理想的だ。

 メディアはインテリジェンスが「毒にも薬にもなる」という認識で、専門記者を育成して是々非々で欧米の様に特定秘密保護法の運用を監視すべきだ。秘密指定の行きすぎ等への懸念をメディア(特に朝日・毎日新聞)は大きく報じたが、「普通の国」は言論・報道の自由とインテリジェンスを両立させている。中国やロシアとは異なり、民主主義国ではジャーナリストがインテリジェンス関係の報道で逮捕されることは皆無に近い。日本で政治家や官僚が「戦前への回帰」を狙っているとは思えない。むしろ、官僚自身が認める「無難だから、とりあえず秘密にしてしまう」という官僚主義が問題であり、政治家やメディアはこちらも注意すべきだ。さらに、欧米ではNPO等も専門家を育成してメディアを補完しているが、我が国ではインテリジェンスに否定的な日弁連しか積極的に意見表明していなかったのは不安だ。

 中国や北朝鮮の脅威を認識して、インテリジェンスの必要性を多くの国民も認めるようになった。今後は国民が積極的に優れた政治家を育成したり、選んだりして欲しい。「握手した数しか票は出ない」という「どぶ板選挙」を国民が卒業して、能力や政策で議員を選ぶのだ。政治家が常に選挙を意識して活動していては、インテリジェンス・リテラシーや外交・安全保障を学ぶ時間もない。また、政策形成や勉強ではなく選挙活動のため、土日もなく多忙にもかかわらず、落選すれば生活の保証もないというリスクが政界入りのハードルを高くしており、多くの優秀な人材が立候補を断念している現状も変わるだろう。

RIPS' Eye No.184

執筆者略歴

おちあい・こうたろう  1962年東京都生まれ。慶應義塾大学法学研究科博士課程中退。専門は国際関係論、研究テーマは経済安全保障、インテリジェンス、各国の展望(シナリオ)。当研究所安全保障研究奨学プログラム第5期生。著書に『CIA失敗の研究』(文春新書、2005年)など。

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