「V4+日本」首脳会合:欧州との関係深化に一層の努力を

P1050486.JPG

六鹿 茂夫 (静岡県立大学 国際関係学研究科 教授 / 同 広域ヨーロッパ研究センター長)

 ポーランドの首都ワルシャワで、6月16日に「V4+日本」[1]首脳会合が行われた。グローバル化が深化する現代世界において、日本がアジア太平洋で外交を有利に進めるには、世界というチェス盤の上で繰り広げられる国際 政治を俯瞰しながら外交を展開することが求められる。今回の首脳会談の成果は、V4との共同声明が国際法に基づく海洋秩序の維持、東アジアに対する武器輸 出の管理、北朝鮮の核・ミサイルと拉致問題を明記したように、日本が欧州の場においてアジア外交を展開したことにある。

 もうひとつの成果は、西欧とロシアの「狭間の地政学」に位置するV4を介して、日本外交の裾野をアジア太平洋からユーラシアを経て欧州まで広げたことであ る。とりわけ、バルト海から黒海へと至る地域は、「もう一つのヨーロッパ」と呼ばれ世界の耳目を引くことはなかったが、諸大国の「狭間の地政学」に位置するが故に第一次・第二次世界大戦および冷戦の発祥地となり、1989年の東欧革命が冷戦に終止符を打つなど、常に国際政治のフォーカル・ポイントであっ た。それ故、数世紀にわたり近隣諸大国の支配と従属を経験してきた同諸国は、今も尚国家主権や独立に極めて敏感である。また、V4はEU内での経済競争に 晒されており、EU以外の国々との経済協力を必要としている。したがって、戦争の経験も歴史問題も抱えない先進国日本の関与は、同諸国の経済発展や多角外 交、ひいては主権と独立の強化に資するため、心から歓迎されるはずである。また、この地域の人々は日本文化に造詣が深く親日的であるため、日本にとっても 交流しやすい。

 第二に、「狭間の地政学」に位置する同諸国は、冷戦後安全保障の真空に置かれることを恐れ、NATOと米国との同盟による安全保障の確保を強く求めた。と 同時に、同諸国は、日本同様ソフトパワー重視の外交を展開するEU加盟国でもある。したがって、V4との協力は、日米同盟、EU、NATOとの関係強化に 繋がるばかりか、それを介したユーラシアの平和と安定に貢献するものである。

 第三に、V4はEU/NATOの東端に留まることを嫌って、同機構の将来の東方拡大を念頭に、2009年5月に「東方パートナーシップ」[2]を創設するなど、積極的な東方外交を展開している。したがって、日本は「V4+日本」を通じて、「GUAM+日本」[3]「中 央アジア+日本」「黒海経済協力機構(BSEC)」との協力をさらに前進させ、不安定な「狭間の地政学」に位置する黒海地域の民主化と繁栄に貢献していく ことができる。V4は歴史的にも人的にも同諸国と関係が深く、日本が必要とする同地域に関するノウハウを有している。

 第四は対露関係である。2008年夏のロシア=グルジア戦争に際し、バルトおよび中・東欧諸国はEU/NATO内で一致して対露強硬路線を主張した。他 方、ポーランドとロシアは、深刻な歴史問題を抱えるにもかかわらず、2009年以降関係改善へと向かった。それはプーチン首相(当時)がEU内における ポーランドの影響力の大きさを認識するに至り、同国との関係改善を決意したからである。ロシアによる経済制裁を受けたポーランドは、EUとロシアの新条約 締結交渉を中断させるべく、EU内で拒否権を投じたのであった。他方、ポーランドも、EU内での発言力を高めるために、ドイツやフランスと歩調を合わせる べく、ロシアとの関係改善に動いた。このように、対露政策に関して日本が同諸国から学ぶべき点は多くあるし、必要に応じて協調路線をとることも不可能では なかろう。

 欧州とアジア、なかんずく欧州と中国の関係がますます緊密化している今日、日本が民主的価値の共有を通じて欧州との関係を深化させていくことは、欧州のみ ならずアジアにおける日本のプレゼンスを高め、外交上のマヌーヴァーを拡大させるものである。中国は欧州と経済協力を促進できるかもしれないが、価値の共 有に基づいた同盟関係を築いていくことは不可能である。したがって、日本はグローバルな場でのアジア外交を念頭に、日米同盟に加え欧州との関係強化に努めるべきであり、それを通じて不安定な「狭間の地政学」に位置するユーラシアの平和と繁栄に貢献していくべきである。
________________________________________

  1. ヴィシェグラード4(V4)とはポーランド、ハンガリー、チェコ、スロヴァキアの中欧4ヶ国からなる地域協力機構で、この名称は、1991年2月に三ヶ国首脳(当時はチェコスロヴァキア)が協力を誓い合ったハンガリーの古都ヴィシェグラードの名前に由来する。
  2. 東方パートナーシップの対象国は、ウクライナ、ベラルーシ、モルドヴァ、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジアの6ヶ国である。
  3. GUAMとは、加盟国のグルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドヴァの頭文字をとった名称である。

RIPS' Eye No.166

執筆者略歴

むつしか・しげお 1952年生まれ。上智大学大学院国際関係論専攻修士課程修了(国際学修士)、ブカレスト大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士 (doctor in drept))、専門は国際政治学、研究テーマは広域ヨーロッパ国際政治、黒海国際関係、ルーマニア・モルドヴァ研究。当研究所安全保障研究奨学プログラム第3期生。

研究・出版事業について

当研究所が開催しているイベント・セミナーについて一覧でご紹介します

詳細はこちらLinkIcon

論評-RIPS' Eye

最新の重要な外交・安全保障問題に関する第一線の研究者・実務者による論評を掲載しています。

詳細はこちらLinkIcon

研究会合事業

国内外の外交・安全保障分野の研究機関との意見交換や共同研究に取り組んでいます。過去に実施した研究会合についてご紹介します。

詳細はこちらLinkIcon

年報『アジアの安全保障』

1979年より毎年1回発行する年報です。アジア太平洋地域各国の政治・経済・軍事の1年間の動きに関する分析に加え、中長期的な情勢を展望しています。

詳細はこちらLinkIcon

Policy Perspectives

当研究所の研究・会合事業や重要な外交・安全保障問題に関する議論や論点をまとめた政策ペーパーです。

詳細はこちらLinkIcon

関連書籍情報

入門書から専門書に至るまで、幅広い対象へ向けた書籍を発行することを通じて、外交・安全保障分野の理解促進や啓発に努めています。

詳細はこちらLinkIcon