北朝鮮の核ミサイル基地への先制攻撃ー慎重に検討せよ

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鎌江 一平 (明治大学 国際総合研究所 共同研究員)

 2013年2月12日、北朝鮮は国際社会の反発をよそに3度目の核実験を強行した。米韓は北朝鮮を事実上の核保有国とみなして対応する態勢を整え始めている。当然我が国においても懸念は増大している。核実験の翌日の報道によれば、安倍首相は国会答弁において「敵基地攻撃能力を保有することは現時点では考えていない」が、「他に手段がないと認められるものに限り、敵の誘導弾などの基地を攻撃することは憲法が認める自衛の範囲内に含まれる」と従来の政府見解を踏襲しながら、敵基地攻撃能力保有の検討に肯定的な姿勢を示した。

 この敵基地攻撃は、先制攻撃論の範疇に入る問題である。韓国では、核実験と前後して金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官や鄭承兆(チョン・スンジョ)合同参謀本部議長が先制攻撃について是認する答弁を韓国国会国防委員会で行っている。また、ヌーランド米国務省報道官も米韓による先制攻撃を選択肢として排除しない立場を明らかにしている。

 実際、韓国は昨年4月以降、北朝鮮全域を攻撃できる巡航ミサイルを実戦配備したと公表している。地上発射の玄武3C、洋上艦発射の海星2、潜水艦発射の海星3などがそれに該当すると見られる。弾道ミサイルについても昨年10月の射程延伸に関する米韓合意の下、現有する玄武2B(射程約300km)に加えて射程800km級の新型弾道ミサイルを開発する模様である。また米韓は、北朝鮮の車両発射型の核ミサイルを30分以内に探知・攻撃する共同除去システム「キル・チェーン」の2015年までの確立を目指している。

 先制攻撃の準備にあたって米韓の実務協力も進んでいる。米韓は、昨年10月末に開催された米韓安全保障協議会(Security Consultative Meeting:SCM)にて北朝鮮の核脅威の種類に応じた抑止戦略を2014年までに構築することで合意した。また、今年2月末に開催された拡大抑止政策委員会(Extended Deterrence Policy Committee: EDPC)では、北朝鮮の核攻撃の兆候を把握するために米韓の情報資産をどのように活用するか、いかなる条件下で先制攻撃を行うのかなどについて議論したとみられる。

 一般的に、北朝鮮の核の脅威を考えれば、先制攻撃の準備を整えて核ミサイルが発射される前に除去するというのは、当然の措置と思われるかもしれない。しかし、我が国での適用を考える場合、北朝鮮への先制攻撃には理論上も政策上もいくつかの課題があることを認識しなくてはならない。

 克服すべき課題は少なくとも4つある。まず、北朝鮮が車両に搭載した核ミサイルを突然発射すれば、その兆候を掴めない可能性がある。次に、仮に発射の兆候は掴めたとしても、対処できるのかについて疑問が残る。例えば、現在の韓国軍は無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle: UAV)や軍事衛星を持たないため、巡航ミサイルで固定目標は攻撃できても移動目標を捉えるのは困難とされる。また、車両発射のミサイルは比較的短時間で準備が可能と言われ、キル・チェーンをもってしても極めて厳しい時間制限下での対応が政治的・軍事的に求められる。第3に、核ミサイルの発射兆候が真に攻撃を意図したものか外見上判断するのは難しい。この機械的な判断が許されない特有の難しさは、第4の点として、抑止理論に関わる深刻な問題を提起する。理論上、先制攻撃態勢はミサイル防衛と同じく拒否的抑止に属する。核ミサイル発射後に対処する「受動的」なミサイル防衛に対し、「能動的」な拒否的抑止と言える。しかし、そのような通常兵器での能動的拒否力の行使の態勢をとることが、その能動性ゆえに自らの誤認や相手の挑発などを招き、より不安定な戦略環境を作り出す側面があることを過小評価できない。

 以上のような問題を熟慮せず、拙速に敵基地攻撃態勢を展開すれば、北朝鮮が核を先制使用すると見せかけて日米韓の先制攻撃を誘い、それを口実として日米韓に許容しがたい損害を与え、その後の外交交渉を優位に進めるような局面が生じる可能性も否定し得ない。我が国は、そういった先制攻撃のもつ諸問題と得失を踏まえて安全保障上の最善の選択を行わなければならない。その視点に立って米韓の動向を注視しつつ、戦略性のある政策オプションを検討する時期に来ている。

RIPS' Eye No.163

執筆者略歴

かまえ・いっぺい ボストン大学政治学研究科博士課程在籍。平和・安全保障研究所奨学プログラム第16期生。

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