安倍政権はアメリカとの価値観外交を重視せよ

Kato_Photo-thumb-240x240-389.jpg

加藤 朗 (桜美林大学教授 / 平和・安全保障研究所 研究委員)

 2012年8月、リチャード・L・アーミテージ、ジョセフ・S・ナイ他が「米日同盟が漂流し、・・・世界で最も重要な同盟の一つは危機にさらされている」とのCSIS報告書『米日同盟―アジアの安定を保持する―』を公表した。「米日同盟が漂流する」現在の不安定な状況は、1971年7月のニクソン訪中発表の時によく似ている。当時、政治的影響力を強める中国をいかに国際政治に取り込んでいくかがベトナム戦争で経済的に疲弊したアメリカ外交の課題だった。ニクソン政権は米中関係改善によって米中ソの勢力均衡体制を構築し、この課題を解決しようとした。かつて朝海浩一郎駐米大使が懸念し「朝海の悪夢」と呼ばれた日本政府との事前協議や事前通告なしの寝耳に水の米中野合が起きたのである。

 共産国家中国との関係改善は日米安保条約の基本理念である自由民主主義を放棄し、力や国益に基づく現状維持を優先することを意味した。だからこそ日本は、ニクソンの訪中発表をショックとして受け止めたのである。単に日本への通告が事実上なかったからショックを受けたわけではない。アメリカが弊履のごとくに自由民主主義の理念を捨て去ったことに衝撃を受けたのである。日米同盟が根底から揺らいだ瞬間だった。

 今日米同盟は当時よりさらに深刻な状況に直面している。財政危機で国防費を削減する中、オバマ政権は軍事的に膨張する中国とどのように向き合うか難問を抱えている。公約通り中国をソフトパワーで自由民主主義体制に取り込む関与政策をとるなら問題はない。日本は、揺らいだ日米関係を盤石にした中曽根政権のように勝ち馬に乗るバンドワゴン政策をとり対米関係を強化すればよい。しかし、アメリカが自国の経済的繁栄を優先して、たとえば海外駐留を削減し米本土から対中バランスを取るオフショア・バランシングのような事実上の孤立主義政策や、あるいはブレジンスキーの米中G2論やキッシンジャーの云う米中疑似同盟のような共同覇権政策をとれば、日米同盟の存続は危うい。日本は、アメリカに先んじて日中国交回復を果たした田中政権のように独自の対米、対中バランス政策をとらざるを得ない。

 しかし、日本にはアメリカや中国に対して単独で均衡できる経済力や軍事力は現在も将来もない。それを考えれば、日米同盟の解消につながる対米、対中バランス政策は非現実的である。言い換えるなら日本にとっての最悪のシナリオは、アメリカが中国の膨張政策を黙認し孤立主義政策や共同覇権政策をとることである。それを防ぐために日本はアメリカへのバンドワゴン政策を強化する一方、米中の野合を防ぐ楔(くさび)戦略をとらなければならない。

 まず前者のバンドワゴン政策では、日米が安保条約の自由民主主義の理念を再確認する必要がある。冷戦時代にソ連の共産主義に自由民主主義で連帯したように、日米は自由民主主義の共通の価値観を再確認し中国の華夷秩序的「帝国主義」に対処しなければならない。奇妙なことに、被爆国日本の理念である「核なき世界」をオバマ大統領が主張し、安倍首相がアメリカの外交理念である自由民主主義を前面に出して価値観外交を展開している。安倍首相はアメリカにこそ価値観外交を展開し自由民主主義の理念を再認識させなければならない。

 次に後者の楔戦略では、米中が同じ価値観すなわち戦前の反ファシズム、反軍国主義で日本に対し連帯するような事態を防がなければならない。中国が日本に尖閣問題や歴史認識問題を仕掛けさらには慰安婦問題で韓国に反日闘争を使嗾(しそう)しているのは、反日イデオロギーで日米を離間させることを狙っているからである。アメリカでは中国の台頭とともに親中派の数は飛躍的に増加し、ワシントン・ポストのような有力メディアも安倍政権を右翼として批判する記事を掲載するありさまである。だからこそ安倍政権は反軍国主義、反ファシズムなどで米中が結託しないよう、戦前の日本を想起させるような戦後レジームの否定や靖国参拝、憲法改定、河野談話の見直しなどの政策に極力慎重でなければならない。

 冒頭のアーミテージ・ナイ報告書は、日本は第一階層の指導国で居続けるのか、あるいは第二階層の並みの国家に転落するのか岐路に立たされていると警告している。しかし岐路に立たされているのはアメリカも同様である。超大国の座にとどまるのか、あるいは中国とともに大国の一つになるのか。漂流する日米同盟に錨を打ち、ともに両国が第一階層の指導国としてとどまるために、そして「朝海の悪夢」が二度と起きないよう、安倍政権は価値観外交を重視しオバマ政権との自由民主主義の紐帯を強めなければならない。

RIPS' Eye No.172

執筆者略歴

かとう・あきら 1951年鳥取生まれ。1981年早稲田大学大学院政治研究科国際政治修士課程修了。同年防衛庁防衛研究所。1996年桜美林大学国際学部。現在同学部教授。国際政治(紛争研究)専攻。

研究・出版事業について

当研究所が開催しているイベント・セミナーについて一覧でご紹介します

詳細はこちらLinkIcon

論評-RIPS' Eye

最新の重要な外交・安全保障問題に関する第一線の研究者・実務者による論評を掲載しています。

詳細はこちらLinkIcon

研究会合事業

国内外の外交・安全保障分野の研究機関との意見交換や共同研究に取り組んでいます。過去に実施した研究会合についてご紹介します。

詳細はこちらLinkIcon

年報『アジアの安全保障』

1979年より毎年1回発行する年報です。アジア太平洋地域各国の政治・経済・軍事の1年間の動きに関する分析に加え、中長期的な情勢を展望しています。

詳細はこちらLinkIcon

Policy Perspectives

当研究所の研究・会合事業や重要な外交・安全保障問題に関する議論や論点をまとめた政策ペーパーです。

詳細はこちらLinkIcon

関連書籍情報

入門書から専門書に至るまで、幅広い対象へ向けた書籍を発行することを通じて、外交・安全保障分野の理解促進や啓発に努めています。

詳細はこちらLinkIcon